1. ストリームラインの奥義
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1. ストリームラインの奥義

大和部屋

人は流れに逆らえない。

良い時も、悪い時も、流れに従う事で自分に流れを引き寄せる。

「流れに身を任せる」のとは違う。自分の「意思」で、流れに「従う」んだ。


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この図は、”泳いでいる時”の水の流れを描いていて、「ストリームラインの奥義」といっても過言ではない。

これほど詳細に表現されたストリームラインは見た事ないはずだ。

ここまで繊細に目に見える形で表現したのは、おそらく僕しかいない。


「見た目」を捉えて「見た目を説明したストリームライン」なら、この程度でしか描けない。

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これはこれで正しいけど、実際にはこれだけじゃ、ストリームラインには入れない。


人間は「目からの情報」を過信し過ぎて生きているから、物事の表面を捉えて、物事の表面から善し悪しを判断してしまう。

「みんなが見ている世界」で生きている方が、誰だって生きやすいからね。


でも、大切なものは、いつも、目には見えない。

僕が示したストリームラインは、速さの「本質」である「水の流れ」を「感覚」で捉えて、「本質側から表面を表現した」ものだ。


表面側から見ても、本質側から見ても、目に見える部分は同じで「速さの違い」にしか見えないから、僕が拘る理由が分からないかもしれないけど、僕は「結果」の話をしているんじゃないんだ。

速いとか遅いとか、成功したから凄くて、失敗したからダメだとか、そういう「結果の話に落とし込むやり方」をしていたら、「スポーツって所詮、趣味だよね」「学歴にスポーツは必要ないよね」「仕事と関係ないよね」と表面的な価値観に縛られてしまって、スポーツの価値がいつまで経っても低く扱われたままになる。


そもそもの話を言えば、 「速さ」をタイムや勝ち負けといった「表面で捉えるやり方」をしていれば、君が「越えられない壁」に直面した時、水泳に興味を失って辞めてしまう。

水泳ならそれでも構わない。

距離を置く事でこれまで見えなかった価値が見えるようになって、目の前にあった大切な事に気付けるようになる。

でも、それが「人生」なら、"辞めてしまうそんなやり方"じゃ、生きてはいけない。


水泳からは逃げられても、人生からは逃げられない。

産まれて、生きて、死ぬ。

このプロセスからは誰も逃げられない。


水泳の失敗なら人生に活かす事ができるけど、人生の失敗はダメージが大き過ぎる。

本気で取り組まなきゃ、速さの本質には迫れない。

本気で取り組まなきゃ、逃げ出す時だって本気にはなれない。


全力で取り組んで、全力で逃げる。

前向きにも全力。後ろ向きにも全力。

「本質」に対して全力で取り組むから、休む時だって先手を打って本気で休む。

それが「生きてる」って事でしょ。


僕が拘っているのは技術の表面側じゃなくて、本質側なんだ。

「目に見える技」の「奥」にある「目には見えない意義」を追求するから、見える側の「奥技」じゃなくて、心の世界に踏み込んで「奥義」なんだ。

スポーツの価値は、そこなんだ。

produced by yamato bear. 2019.06.15

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