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「張り込みにはパンと牛乳をSecond⑤

「やはり、次のターゲットは日本だったのか・・・」
元・夫のディーンがそう言った。


有楽町駅付近で爆発音が鳴る事件が起き、「和さん」こと木下和宏と、息子の丸山聖也は現場に向かったが、新たに国会議事堂・首相官邸の方で事件が起きるかもしれないと、日本に国際事件の情報取集に来ていたディーンがそう言っている。



「どういうこと?ターゲットが日本って、あなたの追いかけている事件は一体何なの?」

ディーンが簡単に追いかけている事件の内容を口外しないことは分かっていたのだが、自分の身の危険も相まって問いかけてしまった。



「詳しいことは言えないですが、この事件は単なる爆破テロではありません。国のリーダーを狙ったテロでも一般市民を狙ったものでもなく、簡単に言うとターゲットは国そのものです。これから日本を始め、世界各国で同じような事件が起こるかもしれませんが、それを止める術は犯人を捕まえる意外、今のところ見つかっていません」

「というか、このような表だった爆破は仮の姿で、事件の本質は徐々に明らかになっていくでしょう。それまでは、玲子さんも伝えられる情報や噂を無闇に信じないようにお願いします。おそらく、爆破音と爆破の影響を受けた建物、その場に居合わせた人々、それらを調べないことには事件の真の姿は見えてこないでしょう。とにかく今は人の波に飲み込まれないよう距離をとってください」


逸れてしまわないよう、彼はしっかりと私の手を握り、人混みを避けながら慎重に有楽町の駅を越えて日比谷公園の方に向かった。




そうなると、逆に聖也と和さんの向かった方向や安否が気になってくる。

「ねえ、聖也や和さんが向かった先は大丈夫なの?あなたが持っている情報を伝えなくて良いの?」


「それに関しては大丈夫でしょう。二人は現場の確認をしている頃だと思いますが、爆発物や目撃した情報と、無線やニュースなどから入る情報の違いに和宏なら気がついているはずです。そろそろ・・・」


「トゥルルルル・・・」

ディーンの電話が鳴った。


「和宏かい、そろそろ電話が来る頃だと思っていたよ。うん、そうなんだ、今はまだ詳しくは言えないが、この事件はただの爆破事件ではないよ。うん、今はレイコさんと日比谷公園の方に抜けて、警視庁に向かっているよ。うん、分かった、そこで合流しよう」


「玲子さん、和宏と聖也もこっちに向かっています。警視庁で合流しますので、それまでは安全に移動しましょう」


「分かったわ。聖也と和さんも無事なら安心だわ」


サイレンを鳴らした何台ものパトカーとすれ違いながら、しばらくして霞ヶ関の警視庁に到着した。皇居の方では夥しい数の赤いランプがくるくると光り、警備をするたくさんの警官が周辺を囲んでいる。


その後、無事に聖也と和さんと合流した私たちは、警視庁の会議室に通されて事情を説明されることとなった。





「丸山君、こちらの女性は?」

見覚えのない30代半ばに見える男性が聖也に話しかけてきた。


「工藤警視総監、お久しぶりです。その節は大変お世話になりました。こちらは丸山玲子、私の母です」

どうやら顔見知りらしく、聖也が私の紹介をしてくれた。


「と言うことは、ロンドン警視庁の公安警察部門のディーンさんの奥さんで、木下警部の親友であり、君のお母さんだね。これはこれは失礼しました」


「母さん、こちらの方は工藤警視総監。僕が警部補時代にお世話になった大先輩で、今はこの霞ヶ関の警視庁で警視総監をされています。東京の事件は警視庁が担当しているので、工藤さんに睨まれたら終わりだよ」

聖也が警視総監の方と仲が良いというのは初耳だった。


「聖也、何を言っているんだ。一番怖いのは君の先輩の木下警部だろう。私なんて木下警部には数えきれないほど救っていただいて、寝るときは足を向けないよう引越しの度に確認しているくらいなんだぞ」

二人の親しさは、どうやら和さんを中心に展開されているものだった。


「お前ら、またしょうもない話をしている暇があったら、状況を説明してくれ」
和さんの少し呆れた声が二人の会話に終止符を打った。



「え〜、それではみんな集まってくれ。今回の有楽町駅での事件について、これから会議を行う。今回の事件について、3カ月前から捜査を開始していたロンドン警視庁のディーン・マッケイ氏にも協力をしてもいらい、犯人の目的と事件の全容を把握していきたいと思う。では、丸山君、情報を共有してくれ」

それから今回の事件について、聖也が説明を始めた。



「刑事部捜査二科の丸山です。今回の事件について、時系列で内容を共有させていただきます。まず最初に、昨晩の23時40分頃、JR有楽町駅のホーム上で爆発が起こったと通報がありました。有楽町駅付近は金曜日の夜ということ、終電前の時間ということもあって、多くの人が集まっており、駅から逃げる人で一時はパニック状態となりました。現場の方へは近くを巡回していた巡査数名と、警視庁から数名の刑事、爆発物処理班、そして私・丸山と木下警部も向かい状況を確認しております。

23時50分頃、現場に到着した刑事からの報告では、現場にはまだ煙は残っていたが、爆発で破損した物は見当たらず、爆竹のようなものの燃えカスがホーム上に残っていたと報告があり、現在それを分析中です。

なお、この騒ぎで直接怪我したものや爆破に巻き込まれたものはいませんでしたが、ホームから逃げる際に階段やエスカレーターから転倒したものが十数名、エレベーターに閉じ込められた者、酸欠、貧血、パニックを起こしたものが数名、路上で喧嘩になったものが数名と、2次的な被害や災害によって、200名ほどの負傷者が出ています。

爆発の瞬間を目撃した証言によると、東京駅に向かう上りの山手線が通行した後に大きな爆発音と煙が立ち上がり、火花のようなチカチカした光が点灯したということです。

現在、ホーム上付近を防犯カメラの映像やローラー作戦で隈無く捜索しています。また、東京駅に向かった上りの山手線の車両に怪しい人物が映ってないか、防犯カメラの映像と数名の警部補が聞き込みに回っています。

市民をパニックに陥れた犯行の内容以外、まだまだ不明な点が多く、犯人の今後の要求や第2、第3の事件の可能性、テロの可能性などを踏まえ、少しでも情報を集める必要があります」

息子の聖也が凛々しく事件の説明を行なっているのを見て、不謹慎ではあるが親として誇らしく感じてしまった。その一方で、願わくばこの事件が直ぐに解決して危険な目に合わないで欲しいとも感じている私がいた。


「次に、この事件に関連しているか、現在のところ不明ではありますが、イギリスを中心に頻繁に起きているテロ事件の捜索のために来日していたディーン・マッケイ氏に、テロの可能性について犯行グループの特徴や手口などを含めご説明していただきます」

聖也から父・ディーンへとマイクが手渡された。


「みなさん、こんばんは。ロンドン警視庁公安警察・テロ対策本部から来ましたディーン・マッケイです。本来であれば、極秘裏に日本に来ていましたので、こうしてみなさんの前でお話しすることは避けておきたかったのですが、私が捜査しているテロ事件の次なる標的が日本の可能性があるということで、私の持っている情報のお伝えできる部分について、今後、共有していきたいと思います。

それと、この事件の捜査については、ここにいる木下和宏警部を捜査本部長として指揮をとってもらうことを要望し、先にお伝えさせていただきますが、工藤警視総監、よろしいでしょうか?」


「分かった、木下警部、お願いしますね」

ディーンの要請を受け、工藤警視総監が和さんに返事を促した。


「おいおい、ディーン、突然何を言い出すんだ。俺はそんな捜査本部長をやる柄ではないぞ。もっと適任がいるだろう?賢い若い奴に任せた方がいいじゃないか?」

和さんが、かすれた声でそう言った。


「何を言っているんですか、和さん、この手がかりの少ない事件で、今後、国家を揺るがすようなテロに発展するかもしれない事件を、若手の刑事で指揮が取れるわけないじゃないですか?ここは大人しく受け入れてくださいよ」

聖也も和さんに捜査本部長に就いて指揮を取るのを促した。


「うーん…。仕方ねえな。分かった。今回だけだぞ」

和さんが渋々捜査本部長に就くことを受け入れた。



「みんな、と言うわけだ。この事件については私が指揮させてもらう。市民を守るため、テロを未然に防ぐために、みんなには這いずり回ってもらうから覚悟しておけよ。では、まず、有楽町駅で目撃した人々の証言と、不審な人物や物がなかったか纏めてくれ。

それと、東京駅を中心に警備・巡回を増やし、爆発物を取り扱う業者や販売店の聞き込み、関係各所に通達と、駅にある防犯カメラから不審な人物のピックアップを頼む。

では行ってくれ」


「はい!」


和さんのかけ声を聞いた30名近くいた刑事が、一斉に返事をしてその場を後にした。


「さて、玲子さん、犯人のプロファイリングや行動心理について、悪いが今回の捜査に専門的な立場として協力してくれないか?もちろん、危険な目に合わないよう警視庁に対策室を用意するし、警備も付ける。聖也も今回は対策室に常駐してもらう。どうだい?」

普段、滅多に私に頼み事をしない和さんが、操作の協力者として頼みごとをしてくれたのを、私は素直に喜んだ。


「和さん、もちろんです。ここまで乗りかかった船です。私にできることがあれば何なりと」


「ありがとう、玲子さん。それと、さつきに連絡をしてあげてくれないか?気の強いアイツもきっと不安がっているだろう」


「分かったわ、そうする」


「和さん、対策室に常駐なんて、足手まといみたいで本当は嫌ですが、まずは情報を整理して、この事件の解決に努めたいと思います。必要な時は、いつでも呼んでくださいね」


「おう、聖也、頼むぞ」


「和宏、僕もしばらく日本にいることを延長し、この日本で起きようとしていることを解決しながら、世界的に広がろうとしているテロの解決の足がかりを掴みたいと思うよ」


「ああ、ディーン、頼んだぞ」




私が霞ヶ関の警視庁を出た時には、すっかり朝日が昇っていた。

思えば仙台から福島の先生のところ、東京に来て家族会議を開き、事件が始まった。


長い夜が明け、光に包まれた朝日を浴びて進むことの素晴らしさと、それを守る人たちの献身的な姿があって、今の世界があることを改めて感じた。

人の欲望や見栄といった華やかさに身を潜めた、枯渇した人たちの作る世界とは違う、光に満ちた世界へと、少しでも貢献できるならと胸に誓った。


霞ヶ関の警視庁の前には、この事件の内容と対策を取材しようという報道陣が多く集まっていた。その人たちをかき分けて、一人の若者が私に声をかけてきた。


「レイコさん、久しぶりです!」


聞き覚えのある高い声、高い身長に猫背が印象的なその若者は、被っていた帽子を取って頭を少し下げた。

「あれ?カルロス?」




つづく

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