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ちょっと痛い、居たい【短編小説】


「本当のところはどうなんでしょうか?」

 支配人は、僕の質問に対して笑顔を返すと、何事も無かったかのようにお風呂の場所やアメニティの説明をし始めた。
 僕は一通り話を聞き終えたあと、今一度支配人に対して質問を飛ばした。

「支配人が関係してるのではないのでしょうか?」

 支配人は一瞬眉にグッと力が入った気がしたが、また笑顔をつくり、ごゆっくりどうぞと答えただけだった。



 このホテルは【亡くなってしまった大切な人に再び会えるホテル】として、オカルト界隈で有名になっていた。週刊誌の記者として働いている僕は、ディレクターの「これ面白そうだから行ってきて」の一言で、はるばると遠方に足を運んだのだ。
 妻には仕事だからと一言だけ説明をして、1人で外出をした。毎回自分がどのような記事を書くのかは話していない。妻にだけは、なぜか、なんとなく、知られたくないという気持ちが働いているのだ。「仕事ならしょうがないよね」と微笑んで見送ってくれた妻は、忙しい僕の背中を押してくれ、時には撫でてくれる麗しき存在である。最後に旅行をしたのはいつだろうか。
 ホテルの部屋から見える赤みがかった海を眺めながら、落ち着いたらまた妻と旅をしたいなと考えていた。今日一日の終わりを告げるように夕陽がゆっくりと落ちていく。

 ベッドに寝転びながらも、僕は記事の構成を考えていたが、我慢できず「このままでは、まったく記事が作れない!!」と大きな声を上げ、天を仰いだ。詳細を答えてくれないのであれば、何も書くことができない。実際に大切な人に再び会えるような体験ができれば良いのだが、残念ながらも、僕は身の回りの人で亡くなった人がいないのだ。
 両親は月1で会っているし、おばあちゃんも、おじいちゃんもピンピンしている。今までペットも飼ったことないし、友だちも知り合いもみな元気である。身近な人の死を体験していないのだ、誰が会いに来てくれるというのだ。ちゃんと条件にあっているのか確認したうえで仕事を振れよなとディレクターに対しての怒りをあらわにしていると、気がついたらそのままベッドで寝てしまっていた。

 ドアが「ドン…!ドン……‼︎」と叩かれる音で目が覚めた。時計はちょうど0時を指していた。慌ててベッドを飛び出して「どなたですか…?」と玄関に向かって聞くも返事が全くない。
 恐る恐る扉を開けてみたが、誰もいなかった。僕は、廊下をじっくりと見回したあと、ゆっくりと扉を閉め、部屋のカドにおいてある椅子に座ってパソコンを開いた。

【大切な人の正体は、支配人…!?】

 タイトルを打ち込み、構成を考え直した。これは、きっと支配人が幽霊のフリをしているに違いないと思った。人々の注目を集めたくて、ワザとやっているに違いないと。

 僕は記事を書き進めた。

 なぜなら、僕は大切な人の死を体験していないからだ。誰も来るはずがないのに、扉がノックされ、さも誰かが来たかのように演出がされた。
 疑いながら質問をしてきた僕を見て、どうしても信じ込ませたかったのだろう。支配人はきっと僕のことを邪魔な存在だなと疎ましく思ったことだろう。
 しかし、支配人は墓穴をほった。本当であれば反応がなくてよいはずなのに。

【支配人は、なぜ上記の行動を起こしたのだろうか、それはホテルの知名度をあげ…】

 文字を打ち込んでいると、またも、ドンドンと音が鳴った。「もう分かりましたから!!ゆっくりしててください!!」と叫ぶと、音がさらに大きくなった。
 今度は扉ではなく壁から鳴っているような気がする。しばらくすると、また違う場所から、ドンと音がなる。不規則なリズムで、まるで蹴られているかのように、あちらこちらで音が鳴っていた。

 このような手口で、噂を信じ込ませているのだなと確信した。しかし"大切な人と話ができた"というコメントを残している人もいる。どうやって会話を表現するのかが気になったのだが、トリックのタネは朝まで分からなかった。
 記事を書いていたこともあるのだが、ドアや壁を蹴るかのような音はせわしなく不規則に続き、落ち着いて寝ることができなかった。寝ては起こされての繰り返しで朝を迎えたのだ。

チェックアウトをする際も、最後まで支配人は笑顔を崩さすに対応していた。「またお越しください」と頭を下げている支配人に「お忙しい中、ありがとうございました」と皮肉を込めて告げ、車へと乗り込んだ。
 普段であれば、雑誌に記事の掲載してもよいのか確認を取るのだが、拒否されることが目に見えていたので、支配人に了承を得ることを辞めた。あとはディレクターがOKさえ出せば、僕の仕事は完了するのである。何か問題が起きたとしても、ディレクターがうまくやってくれるだろう。いや、やってくれなくては困るうえに、例えどうなったって良いと半ば自暴自棄な思いも芽生えていた。


 「ただいま」

 「おかえりなさい、あなた。お疲れ様でした」と妻が玄関で迎えてくれた。
 バックを置いて上着を脱いでいると、悲しげな顔を浮かべる妻が僕の目の前にいたのだ。「どうかした?」と聞くと、妻は涙を流し始めた。

「あのね…その…流れちゃったの…」

 何のことなのか、理解ができず、え…?と言葉が詰まった。

「昨日ね、定期検査に行ったの。だけどね、お医者さんに言われちゃって…」

 泣きながら話す妻を見ながら、事の顛末を理解した。お腹の子が、僕らの子が、流産してしまったということだ。僕は、君の身体は大丈夫なのかと慌てて口に出した。

「私は大丈夫。ごめんね、楽しみにしてたのに、私のせいで…」

 妻は責任感からか、受け入れられない現実からか、自分を責め続けた。君は何も悪くない。むしろ1人で悲しませていてごめんと謝りたいのは自分だ。そばにいてやれてなくてごめんと自分を責めたいのは僕だ。

「大事なお仕事中だから、帰ってきてから言おうと思って…」

 1番に悲しいはずの彼女だが、誰よりも自分を犠牲にしていた。こんなことが起きてしまったのは、誰のせいでもないというのに。自分を責める妻をなだめた。そして僕は、ハッと気がつき、昨晩のことを思い返した。あれは、つまり、そういうことなのか。

「テキトーなことを言うなって思うかもだけどさ」

 妻は鼻水を啜りながら、僕の顔を見つめ、精一杯話を聞こうと試みている。ギュッと力を入れて涙腺を抑えているが、今にも溢れそうになっているのが分かる。ふざけているわけでもないけどもと前置きをつくり、真剣な眼差しで妻へと伝えた。




「僕らの子は、元気だったよ」





分からないけれど、きっとそうだと感じた。
会ったことのない僕のもとへ、
最初に会いにきてくれていた。
最後に会いにきてくれていた。

分からないけれど、きっとそうだと信じたい。
お腹に語りかけていた僕のもとへ、
最初に伝えにきてくれていた。
最後に伝えにきてくれていた。


 ありがとうと伝えられなかったことに後悔しながら、僕は妻の手を強く握りなおし、声を出して泣き崩れた。

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