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「分かりやすさ」への感想

 「分かりやすい」という言葉をあちこちで耳にする。
 たとえば、「○○を分かりやすく解説!」「一般の読者にも分かりやすいように配慮した」「国民に分かりやすい情報を伝えるよう努める」といった具合に、様々な場面で使われている。
 なにか情報を伝える者は、難解なものごとを、できるだけ分かりやすいように伝えるべし、というのが昨今の風潮らしい。
 その心構えはとても大切である。風潮であろうとなかろうと、情報を伝える者はぜひとも肝に銘じたいことである。

 ところで、有益な情報は、伝える者が伝えておしまい、ではない。
 だれかがその情報を受け取り、意味を解釈し、自らの行動や思考などの参考にする。
 情報は、受け取る者がいるからこそ有益なのであって、だれも見向きもしない情報には、独りよがり以外の意義はない。
 情報には伝える者と受け取る者があるのに、前者のあるべき態度ばかりが喧伝され、後者についてはなにも言われない、というのでは違和感を抱く。
 情報を伝える者に心構えがあるなら、受け取る者にも、心構えがあってしかるべきである。

 難解なものごとを理解しようと努める。これが情報を受け取る者の心構えであろう。
 私たちの生きる社会は、きわめて複雑である。分かりやすい情報をただ鵜呑みにしているだけでは、社会を見る目も養われないし、ものごとを見誤る危険性さえある。
 平易な情報ばかりに目がくらむようではいけない。 

 難しいことを理解しようと試みる。分かりやすい情報が簡単に手に入る時代だからこそ、少しは心掛けたいものである。

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