『土地とつながること』読売新聞 文化欄連載コラム 2012年7月7日掲載

 2007年から隔年で開いている町全体を美術館に見立てた芸術祭「中之条ビエンナーレ」だが、毎回、このイベントの参加を切っ掛けに町に移住してくる美術作家がいる。
 今年も一人の作家が、美しい風景が残る自治体で作る「日本で最も美しい村」連合に加盟する中之条町伊参(いさま)地区に移り住んだ。里山が広がる美しい場所ではあるが、知らない土地に移住するということは、仕事や地域への関わりなど不安は多い。しかし、作家にとってはそれにも勝る魅力があるのだ。
 作品制作のために何度か中之条町を訪れ、数ヶ月の滞在制作をするうちに、だんだんと地域との繋がりが生まれる。そうしているうちに町へ戻ってきたとき「おかえり」と言って迎えてくれる場所になる。最初はまったく知る人のいなかった土地が、イベントが始まる頃には故郷と呼べるようになったのだ。
 参加作家の中には移住まではしなくとも、時折顔を出してくれる人も多い。彼らはワークショップや展示の企画を持ってきては、町を盛り上げようと考えてくれている。日本各地にこの町を想(おも)ってくれる仲間がいるということは、嬉しいものでとても心強い。
 思えば私も2年前まではよそ者として町のイベントなどに携わっていた。その頃は、仕事が終わったあとに頻繁に仲間とファミリーレストランで集まっては、夜遅くまで中之条の話をしていた。そして休日には展示場所を探すために現地に足を運び、場所に合った作家を探し案内した。こうしてみんなの熱意が行政を動かし、よそ者と行政という強力なタッグが組めたのだ。
 ここでしか作れない作品を作る。そんな作家の思いが、副産物として土地との繋がりを生んでいる。地域でアートイベントをする過程こそが、目には見えないけれど本当に大切な部分だと思う。なんといっても、ディレクターを務める中で、それに立ち会えるということが一番面白い。
 イベントが始まるまでに多くの作家が中之条で過ごし、その数だけのドラマができあがった。作品が搬出され何も無くなった町に、今も「繋がり」だけは残っている。私も同じように土地と繋がった一人なのだ。

(読売新聞 2012年7月7日掲載) 文化欄連載エッセイ 山重徹夫

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