『花咲く町』読売新聞 文化欄連載コラム 2012年4月28日掲載

 柔らかい春の匂いが、吹き荒れる空っ風と共にやってきた。今年で群馬に移り住んで3度目の春が来る。毎年訪れる春の知らせは何度届いてもひときわ嬉しい。
 県北西部の山間地にある築150年の古民家を紹介してもらい、手入れをしながら生活を始めてから早いもので2年半が経つ。借家の2階には養蚕用具が残ったままで、この土地で生きた先人の営みを垣間見ることが出来て興味深い。ただ、朽ちた土壁からは隙間風が吹き込み、永い冬の間は心底冷える。私は温暖な瀬戸内海に囲まれた町で育ち、そこを離れるまでこれほどまで春の訪れを待ち遠しく思ったことがなかった。
 十数年前の夏、大学の友人達と、中之条町の廃校を活用した「伊参スタジオ」に泊まりに来たのが、群馬との初めてのつながりだった。数年後、東京でデザイン事務所を独立させて時間の余裕が出来たので、作品制作のためアトリエを探した。そして数人で伊参スタジオを借りて共同アトリエを始めた。
 最初は当然のように東京で展示をしていた。しかし、作品を制作した土地で観て貰いたいという気持ちから、翌2007年には作家仲間を集め、町全体を美術館に見立てた芸術祭「中之条ビエンナーレ」を開催。そして今では土地の人とたくさんの繋がりが出来、自分のやっていたアートが地域で役に立つことを知った。そんな経験がこの土地への移住を現実にした。
 町と共同で2010年、上州の里山からクリエイティブを発信する拠点施設「つむじ」の立ち上げを担った。都市では埋もれてしまうような事も見えてくる。そして支えてくれる心強い仲間達がいる。この場所に持てる全ての力を注ぎ込もうと決心した。
 上州の永い冬を越えて一斉に花々が咲き乱れるように、祭りの日には多くの人で賑わう。まるで土地の人が自然の一部となっているように感じた。ここには、そんな四季と共に喜び生きる暮らしがある。

(読売新聞 2012年4月28日掲載) 文化欄連載エッセイ 山重徹夫

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