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企業行動論講義note[12]より良い交換を実現する:価値交換関係を支える意思疎通ポテンシャル

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この内容は、第9講に当たります。講義の進み具合で変動します。
なお、このnoteはクリエイティブ・コモンズ・ライセンス「表示-非営利-改変禁止」です。

みなさん、おはこんばんにちは。
やまがたです。

前回は、価値交換関係の基礎的な枠組についてお話ししてきました。具体的には、企業という存在が〈関係の束〉であるということ、価値創造過程と価値交換関係の相互作用、価値交換にもさまざまなあらわれ方があること、そして価値交換関係を基礎にした企業理論としての企業用具説、こういった点について、説明してきました。

今回は、その内容を踏まえて、価値交換関係をいかにしてデザインするか、より具体的には構築・維持・展開していくのかについて考えます。特に、講義note[07]でもお伝えした意思疎通ポテンシャルという概念を軸に話を進めていきます。

簡単なおさらい:価値交換関係とは

前回お話ししましたが、価値交換関係とは、自分ではない他の誰かが欲している欲望や期待を充たすような効用を提供し、それに対する反対給付(見返りや返礼、報酬など)を受け取るという関係性をいいます。これが企業の場合であれば、図[12]1(前回も掲出しています)のようになるわけです。

図[12]1 価値創造過程と価値交換関係(ポテンシャル記載あり)

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企業は、派生的経営です。つまり、誰かの欲望や期待を充たすために存在しています。そう考えると、基本的に企業をめぐるさまざまな諸関係は、欲望や期待を充たすことをねらいとして結ばれます。ただ、企業はもともとが〈関係の束〉です。誰かが価値創造に必要な資源や能力を提供しなければ、価値創造それ自体が実現しません。その結果として、図[12]2のような企業をめぐる価値交換関係が浮かび上がってくるわけです。

図[12]2 企業をめぐる価値交換関係(再掲)

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さて、前回の復習になりますが、価値創造にしても価値交換にしても、必ず不確実性 / リスクが存在します。とりわけ、価値交換に関しては、以下の2つの点に関して、きわめて重要な不確実性 / リスクが生じます。

具体的には、
(a)相手が、ちゃんと効用給付を提供してくれるのかどうか
(b)相手が提供してくれる効用給付が、本当に自分の欲している価値をもたらしてくれるのかどうか

という2点です。

その原因となるのが
(1)タイムラグ
(2)知識や情報の差

の2つです。

たとえば、透明のプラスチックボトル(一般的に「ペットボトル」と呼ばれているもの)に濁っていない焦げ茶色の液体が入っていて、それを製造した企業の名前や製品名が入ったラベル(ただし、それを知っているかどうかはかなり重要)が巻かれていたりすると、ひとはそれを麦茶やほうじ茶と認識します。しかし、もしかすると、それは麦茶でもほうじ茶でもない可能性は完全に拭い去れません。ほんとうに麦茶やほうじ茶であるかどうかは、飲んでみないとわからないわけです。

そして、大体の場合、相手から効用給付を得ようとするときは先に対価(一般的に、貨幣)を支払います。まだその段階では、その焦げ茶色の液体が自分にとってのどの渇きを癒すという効用をもたらしてくれるのかどうかは確定していません。一般的に、支払った対価は戻ってきません。「いや、それが麦茶とかほうじ茶じゃなかったら戻ってくるやん」って思うかもですが、それは交換をめぐる不確実性 / リスクを抑制するために、法律や慣行によって「求めている効用がもたらされない場合には、先に支払った対価を返還してもらえる」という規定や共通認識があるからです。それがなかったら、戻ってきません。

なかには、その液体の色を見ただけで麦茶かほうじ茶か、あるいはそうではない液体なのかを見定められるなら、つまりそれだけの知識や情報を持っていたら、その液体と対価との交換をするかどうか、判断しやすいといえます。また、対価を支払った瞬間に、それがのどの渇きを癒してくれるという効用をすぐに享受できるのなら、価値交換をめぐる不確実性 / リスクはほぼゼロにできるかもしれません。

しかし、よくよく考えれば、そんな状況はほとんど存在しません。ということは、価値交換には(1)タイムラグ、(2)知識や情報の差によってもたらされる不確実性 / リスクが必ずつきまとうのです。

それを乗り越えさせてくれるのが、〈意思疎通ポテンシャル〉なのです。

価値交換関係を支える意思疎通ポテンシャル

意思疎通ポテンシャルという概念は、ドイツとスイスで活動していた経営学者のブライヒャー(Bleicher, K.:1929-2017)によって提唱された概念です。ちなみに、この講義で何度か示している以下のポテンシャル体系は、ブライヒャーの概念枠組にほとんど依拠したうえで、少しだけアレンジしたものです。

意思疎通ポテンシャルについて、ブライヒャーは明確に概念規定をしていませんが、ここでは「価値交換関係にかかわるアクター双方が、リスクはありつつも安心して交換に参加できる能力や可能性」と定義しておくことにします。

図[12]3 ポテンシャル体系の全体像

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意思疎通ポテンシャルというのは、ドイツ語でVerständigungspotentialという言葉です。Verständigungというのは、理解や了解と訳されることが多いようですが、「意思疎通」という意味合いもあります。コミュニケーションとほぼ同義に用いられることも少なくないようです。

ここでは、この「意思疎通」という言葉を用います。なぜか。「理解」や「了解」という言葉をここで使ってしまうと、最初から意思疎通ができてしまっているかのような錯覚を抱かせてしまうからです*。

* 意思疎通ポテンシャルを考える際に重要なのが、社会学者ルーマン(Luhmann, N.)のダブル・コンティンジェンシーという概念です。これは、意思疎通の不全性を視野に入れています。「ひとは理解しあえない」という可能性を視野に入れたうえで、いかにして意思疎通を試みるか。そここそが大事だと考えています。

価値循環、つまりビジネスという事象に登場するそれぞれのアクターのあいだで、いかにして意思疎通を図るのか。これこそが、円滑な価値交換を実現するための基礎となるのです。

意思疎通ポテンシャルの3種類

この意思疎通ポテンシャルについて、ブライヒャーは以下の3つをあげています。

図[12]4 意思疎通ポテンシャル

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一つひとつ見ていくことにしましょう。

(a)信 頼
ブライヒャーは信頼について、ルーマンの概念規定に即して、「相手が自分にとって悪いようには行為しないだろうという期待」であると述べています。

つまり、信頼とは基本的に相手に対する主観的な期待であるわけです。もちろん、それは相手がどのような行為、ふるまい、発言などをするのかによって判断されることになります。

たとえば、先ほどのペットボトルの例で考えてみると、名の知れた飲料メーカーがその焦げ茶色の液体の入ったペットボトルに商品名の書かれたラベルを貼った状態で、かつキャップが未開封の状態で、そのペットボトルが売られているとき、ひとはそれを安全な麦茶あるいはほうじ茶だと「信頼」するわけです。

よくよく考えれば、これはすごいことです。店の棚に並んでいるということ、そして商品としての表示がなされていることで、私たちは安心してその商品を購入し、その商品を使用して(=資源統合して)、価値がもたらされると「信頼」できるのです。つまり、「信頼」なくして安定したビジネスが成り立たないのはもちろんのこと、社会経済それ自体もきわめて不安定なものとなってしまうのです。

この点を、前回も言及したウィリアムソンなどによって展開された新制度派経済学の概念を使って考えてみましょう。

もし、信頼がなければ、当然ながら相手がちゃんと価値交換(取引)するかどうかを監視(モニタリング)しなければなりません。あるいは、そのための探索や調査を行う必要が出てきます。こういった、効用給付それ自体の対価以外のコストのことを「取引コスト」といいます。つまり、得たい効用を獲得するために要した支出は、その効用給付の価格+取引コストとして考えることができます。

こういった取引コストは、特に“裏切られた”ときに発生します。ということは、相手に対する信頼が保たれているとき、取引コストを抑えることが可能になります。ただ、注意しておきたいのは、信頼はたしかに取引コストを抑制するという機能を果たしますが、信頼は取引コストを抑制するために存在しているというのは適切な表現ではない点です。

そもそも、人間は社会的動物です。社会的であるというのは他者との関係性において、その生存が可能になるということです。この他者との関係性を安定的なものとするのが信頼であることは言うまでもありません。

したがって、信頼というのはきれいごとではなく、むしろビジネスを持続的に成り立たせる基礎要件であるといってもいいでしょう。

(b)了解関係
了解関係というのは耳慣れない表現です。もともとのドイツ語はVerständnisといいます。これは、まさに「理解(する)」という意味です。

ここでは、アクター双方が信頼にもとづいて、それぞれの意図や期待、欲望などを理解しあおうとすることをさします。

なぜ、そのようなことが必要になるのか。それは、企業行動論2020講義note[04]でもお伝えしましたが、「より良い交換をしようとする際に、知識や情報が足りない」という事態がつねについてまわるからです。

その点で、了解関係の構築において、まず何より重要になるのは情報をオープンにするということです。もちろん、誰に対してオープンにするのかという問題はあります。何でもかんでも不特定多数にオープンにしていいのかどうかは考えなければなりません。しかも、オープンにしていいかどうかの判断は、相手に対する信頼の度合いや情報の機密性などによって異なります。

ただ、いつもながらの木村石鹸さんで恐縮ですが(この講義、“木村石鹸の経営学”みたいな様相を呈してきましたw)、木村石鹸さんでは日々の会計情報を従業員がいつでも確認できるようにしたり(←自分たちで企画したりする際の参考にできる&隠していないという姿勢)、「12/JU-NI」でも必要な情報を最大限に公開したりするなど、情報をオープンにするという姿勢は徹底しています。

もちろん、これだけが情報公開ということではありません。が、自分たちがやっていることを伝えるという姿勢が明確にあらわれています。こういった「開かれた姿勢」というのは、了解関係にとってきわめて重要であると言えます。

了解関係について、もう一つ大事なのが、双方向のコミュニケーションのデザインです。たとえば、これも以前に紹介したかもしれませんが、マザーハウスさんでは新型コロナで実店舗での接客ができなくなったとき、いちはやくオンラインでのコミュニケーションのしくみを構築されました。なかでも、「ストアチャット」は顧客と店舗スタッフの方が直接的に商品についてコミュニケーションができるという点で、すごく興味深いものです。このあと、いろんな企業が同様の方法を採っています。

ブライヒャーがこの了解関係という考え方を提唱したのは、1994年のようです。まだインターネットが普及し始めるころのことです。今のようにスマートフォンで時間や場所(ただし、通信状況が整備されている場合)を問わずコミュニケーションがとれる時代には、まだなっていません。

ただ、現在のようにコミュニケーションがいつでもどこでも取れるようになった状況(それが、必ずしも「いい」かどうかは別問題です)においては、信頼に裏打ちされた了解関係の構築の重要性が、以前にも増して高まっていることは確かです。

(c)ロイヤリティ / 愛 着
意思疎通ポテンシャルの3つ目に挙げられているのが、ロイヤリティ(Loyalität)です。ロイヤルティっていう表記もありますが、ここはいったんロイヤリティで通します。

一般的には、忠誠心って訳されることが多いです。間違ってはいませんが、ここでは「相手に対して、積極的な意識をもって参加・関与(engage)しようとすること」と捉えます。そういう意味で、ロイヤリティとは企業がもつ〈求心力〉といってもいいかもしれません。求心力とは、企業が一方的に構築できるものではなく、また企業から何もしていないのにステイクホルダーが勝手に発揮してくれるものでもありません。つまり、企業からステイクホルダーへの働きかけと、ステイクホルダーから企業への働きかけが、それぞれに強く働いているとき、ロイヤリティが生まれると言えるでしょう。

そこから考えると、ロイヤリティは〈愛 着;Affection〉という言葉がもっとも近いと言えるかもしれません**。

** 〈愛着〉という言葉は、経営学ではそれほど用いられません。ただ、ごくまれな用例として、経済学、とりわけ貨幣論や経済哲学で重要な研究業績を残した左右田喜一郎という人が、〈愛着価値;Affektionswert〉という概念を提唱しているのは、ひじょうに興味深いところです。

左右田喜一郎は、以下のように定義しています。
…純然たる「愛着価値」(Affektionswert)の成立するは,対象の認識せられたる作用を評価するに当り,其の作用と対象とを相互に分離しては表象する能わざる場合に限る。そは対象の個別性に対する絶対的評価であり,これを概念的に考察せば,評価一般の最初の而して又最も単純なる階段である(左右田喜一郎著,川村豊郎訳[1928]『貨幣と価値』196頁;旧字体は私に新字体に改めた)。

文語が難しすぎて、意味わからないかもですね(笑)
大事なことは、対象がもたらす作用とその対象とを切り離すことができない状態として、その人にもたらされる価値が愛着価値だということです。たとえば、大好きな人からもらった財布なので、どんなに古くなっても大事に使っているというとき、まさにこれは愛着価値ということになります。

より今でもわかりやすい表現でいえば、「かけがえのなさ」ということになろうかと思います。

最近、「ファン」という概念が注目されつつあります。このファンという存在は、まさにロイヤリティに深くかかわっています。

たとえば、2000年ごろから〈ファン株主〉という概念で、株主との関係性を大事にしてきた企業の一つに、カゴメ株式会社があります。

株主と企業との関係性(用具的関係)は、一般的に企業から株主に対して配当や株主優待、株価差益といった効用給付が提供され、株主から企業に対しては株式保有(≒自己資本提供)という効用給付が提供されると説明できます。その際、企業にとっては、展開する事業に対して応援してくれる株主のほうが望ましいといえます。そこから出てきたのが、この〈ファン株主〉という考え方なのです。

このようなロイヤリティあるいは愛着にもとづく関係性は、当然ながら従業員や顧客とのあいだ、さらには取引先や地域社会とのあいだにも生じえます。

とりわけ顧客とのあいだであれば、いつも紹介している木村石鹸さんの「12 / JU-NI」が、この講義を受けてくれている方にとっては一番イメージしやすいでしょう。「12/JU-NI」は、まさにファン顧客を獲得しえた価値提案の一つと言えます。

ほんとは、ステイクホルダーごとに説明していくといいのですが、それをやるとものすごく長くなるので、省略します。というか、ぜひみなさんにも考えていただきたいと思います。

そのために、ほんとに手がかりだらけの動画です。マザーハウスの副社長の山崎大祐さんと財務担当執行役員の王宏平さんのオンライン対談です。1時間半ありますが、ぜひともみてください。

※ちなみに、41分ごろに「ストアチャット」の話も出てきます。

意思疎通ポテンシャルが企業発展、そして価値循環を支える。

意思疎通ポテンシャルは、直接的に経済的成果をもたらすわけではありません。それゆえに、企業は意思疎通ポテンシャルをおろそかにしてしまいがちです。

しかし。
意思疎通ポテンシャルをおろそかにして、その存在が危機に陥った企業は数多くあります。その最大の事例を2つ挙げておきます。

これらの事件についての論評は、ここではしません。ただ、いずれの場合も情報隠蔽が発生していることは注目してよいでしょう。そして、相手への理解や思慮が薄れていることも、現実として指摘してよいと思います。

意思疎通ポテンシャルの軽視は、表面化しにくいという特徴があります。それまでの評価などの蓄積で企業のブランドが確立されている場合、なおさらです。

しかし、意思疎通ポテンシャルの軽視は、価値交換関係を支える基礎としての信頼を流出させるということです。信頼が失われたところに、価値交換関係は成り立ちません。価値交換関係が成り立たないということは、価値創造が成就しないということを意味します。価値創造が成就しなければ、当然ながら経済的成果の獲得も困難になります。

この講義でも何度かお伝えしてきましたが、今のビジネスはエコシステムをベースに動いていることが多くなってきました。つまり、価値交換関係が織りなされた状態で動いているのです。そうなると、意思疎通ポテンシャルを軽視しては、企業が動くことさえできなくなってきます。意思疎通ポテンシャルに支えられていない状態でエコシステムが動く、つまり価値循環が生じるということは、きわめて難しいと言えるのです。

そう考えると、企業行動を考える際、とりわけ価値交換関係をデザインしていく際に、意思疎通ポテンシャルがどれだけ重要であるのかということがイメージしてもらえるのではないかと思います。

価値交換関係をデザインするための思考ツールとしての顧客価値連鎖分析(CVCA)

これについては、後期の企業発展論で詳細に採り上げる予定ですが、中間課題②で図式化する際に役立つと思いますので、紹介だけしておきます。

顧客価値連鎖分析(CVCA;Customer Value Chain Analysis)については、今ではサービスデザインやデザイン経営について知っておられる方なら、おおよそご存じなくらいに周知の思考ツールとなりました。じつは、この講義を受けておられるみなさんであれば、何ら難しくありません。価値交換関係のネットワークを描き出したものが、CVCAなのです。したがって、CVCAは、まさに価値循環として描き出されることになります。

わかりやすい説明をしてくれているサイトがありましたので、参考までに紹介しておきます。

また、サービスデザインネットワーク日本支部が、CVCAの考え方を用いてビジネスモデルを分析した報告書を2017年に公表しています。これは、すごくいい資料なので、一読をお薦めします。

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の先生方によって著された以下の文献には、CVCAの描出や、さらにアクターあるいはステイクホルダーが抱く欲望や期待(ここでは“欲求”と表現されています)の連鎖を描き出そうとする欲求連鎖分析(WCA)についても紹介されています。この方面について、より深く学んでみたい人は、この文献をぜひ。

今日の〆

今回は、価値交換関係を支える意思疎通ポテンシャルについてお話してきました。

価値交換関係は、価値のやり取りであり、当然そこには利害関係が生じます。したがって、ひじょうに生々しい事態も起こりえます。だからこそ、価値交換関係を持続的に展開するためには、意思疎通ポテンシャルが必要になるわけです。

企業を関係の束と捉えるならば、その関係性をいかにして構築するのかというのは、どんな効用を創出・提供するのかということと同等に重要です。前回と今回の講義で、この点についてイメージを持ってもらえると幸いです。受講生のみなさんは、中間課題②に取り組みながら、この点について考えてみてください。

次回からは、ビジネス・リーダーシップ&マネジメントについて採りあげます。

んじゃまた、次回に。
ばいちゃ!





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