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陸地と文化。F. ブローデル編『地中海世界』摘読(1)「陸地」を読む。

今まで、だいたい経営学関係のことか、サービスデザイン関係のことか、能のことしかnoteに書いてこなかったんですが、よく議論させてもらっているミラノ在住の安西洋之さん(ベルガンティの『突破するデザイン』←〈意味のイノベーション〉の基本文献の監訳者さんです)とオンラインで話をしているとき、「社会科学系ばかりみてると、頭が鈍りますね」っていう話になって、「じゃあ、文化に関する読書会をやりましょう」ということになりました。

私もいろいろ文献は買い漁ってます(Instagramでのハッシュタグは #購書病 ですw)。ただ、当然ですが、どうしても自分の好尚に引き寄せられてしまいます。そこで、ヨーロッパでずっと活躍されている安西さんから、まずはヨーロッパ、とりわけ地中海周辺をめぐる文献をご紹介いただき、読書会をすることになりました。

まずは、F. ブローデル編の『地中海世界』から。

名前は聞いたことあったけど、もちろん未読。こういう機会がないと、まず繙くこともなかったと思うと、ありがたいお誘いです。

ここでは、あくまでも私が読んだ“趣旨”を書きとめます。なお、今回は初回なので、「まえがき」にも言及します(ここまで500字)。

多層的文明としての地中海世界:本書の視角

本書のまえがきは、いきなり地中海の美しい光景の描写から始まる。そのめざすところは、地中海世界とは何かという問いである。ブローデルは言う、「それ(地中海世界)はさまざまのことを同時に意味する。一つの景観ではなく無数の景観を、一つの海ではなくいくつもの海の連続を、一つの文明ではなく互いに層をなしているいくつもの文明を意味している」と。つまり、地中海世界とは一様なものではなく、きわめて多様な文明が相互に影響しあい、絡み合って生まれ、今に至っているというわけだ。

その理由を、ブローデルは端的に「地中海世界がきわめて古い時代からの十字路にあたっていたからである」と指摘する。「文明の十字路に立つ地中海世界、異文化が混り合う地中海世界はわれわれの記憶の中では、自然の景観の点でも人間的景観の点でもまとまった一つのイメージとして、すべてのものが混り合い、そこから再び独特の統一体に構成されてゆく一つの組織体としての姿を保っている」。そして、「地中海世界という明白な統一体、底深いこの実在物を説明する」には、「この実在物を作りあげるのに大いに与って力のあった自然についてだけではな」く、また「単にすべてのものを粘り強く互いに結びつけていた人間についてだけで」もなく、「それは自然の恵みあるいは呪い―そのどちらも数は多い―であると同時に、昨日も今日も続けられていく人間たちのさまざまな努力についてなのである。要するに果てしなく続く偶然と突発的な出来事、繰り返し達成されてゆく成功の総和について」説明する必要がある。

このような視角に立って、ブローデルは地中海世界についての記述を始める(ここまで1200字)。

陸地:地形と人々の生活

地中海は、断層が生まれていく過程で生まれた深い海淵と、果てしなく続く、若くてきわめて高い、鋭いかたちの山々の連なりが海に入り込んでできた空間である。同時に、地中海世界の南側では、異常なほどに平坦な海岸線が続く。当然、山岳地域での暮らしぶりと、平坦な海岸線や砂漠が広がる地域の生活様式とは、何の共通点もないくらいに異なる。

そのような二重性を持つ地中海世界をまとめているのは、西からの大西洋の息吹、南からのサハラ砂漠の息吹である。南からの息吹は、地中海地域は青く静かで太陽の照り映える水の天国と、雨を待ち望む季節をもたらす。一方、西からの息吹は、嵐を地中海に招き入れる。その猛威は、同時に恵み深い雨ともなる。その季節は、春の最後の驟雨、燕が帰ってきたときに廻る。

そのような景観の美しさは、人の生活に苦労をもたらす。激しい雨は柔らかい土を急斜面の下にまで押し流す。平野は平野で河川の氾濫やマラリアに悩まされた。山岳地域から地中海世界における人間の歴史が始まったのは、まさにこの平野に住むことの困難さゆえである。

その意味において、伝統的な生活の諸相が保存されているのが丘陵地帯や高地であるのも自然なことといえる。こういった山岳地域であふれた人々がさまざまな地域へとさまざまな仕事を担うために動いていった。移牧もまた、その一環としてみることができる。

さて、どんな生活であってもバランスが取れていなければ消滅してしまう。ところが、地中海世界での生活バランスは困難で、かつ不安定なものだった。一部の都市の豊かさだけを見ても、それは特権的事例でしかない。

地中海世界は、オリーヴ、葡萄、小麦の三つを基本にして生活のバランスを保っている。問題は小麦だった。これにはパンと、その消費の問題が横たわっていた。これこそが地中海での取引や商業、経済を生み出した。ただ、それによって生活のバランスを保ちえたのは都市の人々だけであった。田舎の人々は飢饉ともなると町へ物乞いにやってきたが、結局は野垂れ死にするしかなかった。それが、マラリアやペストを惹き起こすことにもなった。

地中海世界は、つねに節制を運命づけられてきた。それは紀元前から今日に至るまで、それほど変わっていない。では、地中海世界に古くから花開いた豪奢は、何ゆえ可能になったのか。少なくとも、一方的な搾取やがむしゃらさだけで説明できるものではない。

では、何ゆえか。それは次章以降で。

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