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俳優エピソード本「プチトマト事件」(幼少期編)

これは、僕が小学校3年生の時のお話です。

当時の担任の先生が突然、なんの影響を受けたのか、クラスのみんなにこう言い放ちます。

「給食を全て食べ終えない人は、お昼休みに入ってはいけません。」

州ごとに異なるアメリカの法律の様に、先生の独断により、このクラスにのみ適応されてしまう、ストイックルールが、突如発動されてしまいました。学校によっては、そんなルールが存在する事は知っていましたが、まさか自分のクラスに適用される日がくるとは思ってもいなかったので、大の野菜嫌いの僕は、このとんでもない時代の到来に、大慌てです。

急いで献立表に目を走らせると、メニューの中に「プチトマト」と記してあります。嫌いな食べ物ランキング第3位にランクインしているトマトの親戚。プチだからトマトよりマシではないかという議論もあるかもしれませんが、僕にとっては、噛んだ途端にプチっと強烈な勢いで汁が噴射されるプチトマトは、トマトを遥かに超えた巨大な存在で、プチなんて名ばかりだという認識でした。

普段と変わらない様子で、和やかに給食の時間は始まりましたが、ひとり、ふたりと、給食を食べ終えてゆき、段々とクラスの雰囲気が変わってゆくのが分かります。

そして、とうとう最後の一人に僕がなってしまいました。

真っ赤なプチトマトと真っ青の僕。どれぐらいの時が過ぎたでしょうか。手は硬直し、どうしても口に運ぶことが出来ません。周りから向けられる冷たく痛い視線によって、焦りは増してゆきます。たった一粒のプチトマトを残しているだけなのに、先生は仁王立ちで僕を見つめています。今にもこちらがプチっと噴射してしまいそうなプレッシャーと恥ずかしさです。とその時、昼休みのチャイムが鳴り、ついに時間オーバー。みんな教室から一斉に去っていき、先生との一対一。もうこれで、目を盗んで隠ぺいする事は出来なくなってしまいました。

どうにかこの状況を打破せねばと、頭をフル回転させます。

「そうだ!プチトマトを口の中に放り込んで、ほっぺたにしまったまま、うちに帰ればいいんだ!噛まなきゃいい!」

今まで誰も思いつかなかった奇想天外なアイデアで起死回生。パクっと丸飲みならぬ、丸隠しで、どうにか先生に完食を認めさせました。

ようやく昼休みに合流出来ます。急いで食器を片付け、校庭でのドッヂボールに参戦。しかし、口にプチトマトが入ったままでのドッヂボールは思いのほかハードであります。ボールをキャッチ、そして投げる度に、じわっじわっと、搾りたてのトマトジュースが口の中に広がります。これなら普通に食べた方がマシだったんじゃないかと思えて、この作戦を決行した自分を恨みました。

それでも最後まで見つかる訳にはいきません。平然とした顔で、誰にも気付かれない様に、ことを進めます。今日だけは対戦相手にボールをヒットさせても、無言でクールにガッツポーズを掲げるだけの寡黙な男です。そして、お次は5時間目の授業。いよいよ、滲み出る濃縮還元100%トマトジュースの味は量、勢い共に増し、あわや限界かと思われましたが、ここは授業中という緊張感が背中を押してなんとかクリア。

徐々にプチトマトがある生活にも慣れ、そのまま掃除の時間も乗り越えて、残すは帰りの会のみ。もうここまで来れば大丈夫。

そんな時、リスみたいに膨らむほっぺを見た隣の席の三田村ちゃんが「山岡くん、ガム食べてるの?」と怪訝な顔で質問してきました。

遂に話しかけられてしまいました。けれど、答えないのは不自然です。

僕は、口の中のプチトマトが溢れ落ちないように上を向き、気をつけながら「プ、プチトマト、食べてる、の。」と伝えると、三田村ちゃんは、帰りの会の最中にも関わらず、大きな声で「先生ー!!山岡くんがプチトマト食べてまああす!!」と暴露してしまうではありませんか。

途端にクラス中のみんなが「えー!?」と僕に振り向き、視聴率は最大に。先生これまた大きな声で「廊下の水道に出してきなさあああい!!!」と叫びます。「その手があったか!!」と誰でも思いつくような手段に度肝を抜かれながら廊下へ走りました。

こうして僕とプチトマトの文字通り苦い思い出は幕を閉じます。

排水口に浮かぶプチトマトの光景は今でも忘れません。何故、家まで帰らなければ出せないと思ったのかは未だに不明です。ドッジボールをやる暇があったら、裏庭で出すなどいくらでも手はあったはずです。ちなみにあの事件以来僕はプチトマトは口にしておりません。



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