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自分語りだっていいんじゃない

こんばんは。おはようございます。こんにちは。
やまね(@yamanebass)です。

このあいさつも最初適当に(←)決めたのですが、定着してきました。
いつこのnoteを見てくれているのかわからないため、万能なあいさつにしてみました。

そんなことはさておき、今日は金曜ということでお酒を飲みつつゆるりと書こうと思います◎

テーマは自分語りの文章について。

自分語りってなんだか嫌われている

個人的な感想ですが、副業を始めてから目にする誰かのツイート、講義で思うのは「自分語りって嫌われている……?!」ってこと。

例えば、ツイッターがよい例だと思います。
「自分のことでなく、相手にとって有益なことを」みたいな発信をよく目にします。
「そうだよなぁ」と思う反面、自分としてはなんだかさみしい。

だって……

自分語りの文章が好きだから!!!!

個人的には誰かが自分のことを語っている文章が好きなんですよね。
他の方へ向けたわかりやすい文章が電車の中吊り広告だとしたら、自分語りの文章は洞窟に書かれた古代メッセージみたいな(どんなだ)。

個人的には「あなたの素敵な世界観を見せてください」っていう感じなんですよね◎わざわざ足を運びたくなる。

あえてあちらから向かって来ずに、自分の世界を作っている。こちらから近づかないと見られない。
屋久島の杉の木です。

そして近づいたときには、こちらがなにか神聖な気持ちになっている。

自分と相手との境界線を感じるから、こちらが考えをめぐらせるきっかけになる。

対してわかりやすい有益な発信はこちらが考えなくてよいように噛んで噛んで噛み砕かれているぶん、自分の考えをこねこねして作り上げるにはわりと向かない(個人的には)。

さらにさらに個人的には……

少し自分のことを話すと、わたしはライター経験もありますが個として文章に触れる機会は多かったかなぁ、と思います。
図書館が好きでしたし、中学のときはパソコンでずっと誰かのブログを読んでいました。

「Webライティング」という言葉を知るよりも、もっとずっと前からインターネットの掲示板や誰かのおもしろいブログに救われていたのです◎

だからもっと自分のことを書いてもよいのかもしれない。
それが知らず知らずのうちに誰かの背中を押すきっかけになっているのかもしれない。救いになっているのかもしれない。

自分の居場所でくらい、好き勝手に書いたらいいんじゃない〜♪との気持ちを込めて_φ(・_・

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