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自作モノローグ「来世」


作/紅嬬涙枯

 
  女は人形を抱えている
  人形に話しかけている


ランゼ、あのお星さまを見てごらんよ
瞬く星は燃えて流れて美しく消える

ランゼ、あの鳥を見てごらんよ
番を見つけて遠くでさえずり合う

ランゼ、あの薔薇の花を見てごらんよ
花粉を飛ばすこともせず、小さく独りで咲き誇る


…面白くない
本当、面白くないもんだよ
いやきっと…何か…思っているのかな

そう、私は何かを思っている
私はこの感情を…
違う、「あの人に対しての」感情を
握りつぶしている


最後は酷かったよ
改札ごしに「またね」ってあの人を見たけど
私は次会うつもりはなく、すっぱり連絡を拒否したんだ

改札を抜けていく時、何かを感じ取ったのか
あの人は髭をさすって気まずそうにしていた

でもあの人は「またね」って返した
一縷の望みでもかけるかのように


なんでだろう


あの日、始発電車に逃げるように乗り込んで
マフラーに顔をうずめた
マフラーにはあの人の車の匂いが染みついて
苦しかった

そう、あの人はいつも家までは送ってくれなかった
私のお父さんとお母さんが
車の発進音で起きちゃうからね


誰にも言えないような関係だったの
私はお日さまの下で手をつなぎたかったけど

私たちの世界はずっと夜
月からも隠れて
お星さましか私たちを照らさないような


それからも忘れたように
忙しい日々の中で

ふとした訛りが自分の口から出るたびに
あの人との日々が、会話が
ぽっ…と浮かび上がってくる

沸々とまるで怒りで沸騰するかのように
泡が、ふつふつと、ぷつぷつと、ぐつぐつと…


燃えて、燃えて


煮え切った私の腹、
貴女が宿るはずだったお腹

出会うことも叶わず、行為だけが積み重なって
貴女とは乖離していったあの人との愛



ねぇ、どんな気持ち?



  人形に耳を傾ける
  人形を使って作った声で可愛く話す

「ねぇ、奥さんと、別れてぇー」

  人形を置く


ランゼ、あのお星さまを見てごらんよ
瞬く星は燃えて流れて美しく消えた

ランゼ、あの鳥を見てごらんよ
番を見つけて遠くでさえずり合った

ランゼ、あの薔薇の花を見てごらんよ
花粉を飛ばすこともせず、小さく独りで咲き誇った


ねぇ、ランゼ

  女はお腹をさする


※ローゼ(薔薇)の訛りとしてランゼ(造語)


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