やまもと

日記を書くことにしました

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最近の記事

主語と述語

お恥ずかしながら私は歯軋りをしてしまう癖がある 夜中に自分が歯軋りする音で起きてしまうくらい日常的にしており、今でも悩まされている 以前就寝時に装着するマウスピースを作ったが紛失してしまったため新しいものが必要だった 初めてお世話になる歯医者の予約をするべく電話をした 受付のお姉さんはこう言うのである 「お口の中どうなさいました?」 きっと、「どうなさいました」だと他人事っぽく冷たい印象だとか色々考えた結果、ありがた迷惑極まりないが『お口の中』という枕詞が付いたのだ

    • 小川くんの愚痴

      小川くんという2つ年上の知り合いがいる 若い頃のバイト先で知り合った人だ 彼は関西出身で大学生活だけ東京で過ごし、就職先は地元を選んだため東京は5年(留年している)だけで離れた そんな小川くんから数年ぶりに連絡が入り、久しぶりに東京に遊びに来たから飲みに行こうと言われた 正直小川くんはあまり人から好かれるタイプではなく私もその1人だった あまり乗り気ではなかったものの半ば慈悲のような心で、友達あんまりいなくて可哀想だしな、と思い渋々会うことにした 面倒だったため店の予

      • 子供への教え方について

        昔、塾で小学生に公民を教えていた頃、「独占禁止法」が出てくるときまって子どもから「せんせ~、これテストで独禁法って書いたらバツ?」という質問がきたものだ。 知らない人も多かろうから注釈を加えると、そもそもこの法律、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」という長い名前の法律で、実は「独占禁止法」という呼称そのものが既に略称だったりする。 だもんで、個人的には「独占禁止法」がOKなら「独禁法」だってOKだと思うのだが、果たして採点する側がそんなこと考えてるだろうか?

        • じゃんけんについて

          全く何の脈絡もないんだけど、「じゃんけん」って偉大なゲームだと思う。 「じゃんけん」のルールだのやり方だの、どこで習うというのだろう? 日本人にとっては、知らん間に「意思決定の手段」や「ちょっとした遊興」として当たり前の存在になっている「じゃんけん」。 決して幼稚園や保育園で意図して習うものではないと思うし、ましてや学習指導要領に載っているわけでもない。 それがですよ。 入試の数学の問題の題材として、「ルールは全員知っている」という暗黙の前提の上で使用されるわけですよ。

        主語と述語

          短詩型文学について

          そもそも俳句というものは「短詩型文学」と呼ぶにはあまりにも脆弱というか、やはり1つの文学的な世界観を表現するには最低でも三十一文字くらいは必要なんじゃないかと思うわけで。 俳句ってただの言葉遊びに見えてしまう。 ということで、更に短い(ことが多い)自由律俳句とかいうヤツが好きになれない。 「咳をしても一人」 だからどうした。 Twitterかよ。 ただの呟きである。 これを文学と呼ぶのなら、Twitterの誕生によって自由律俳句は死んだと言ってもいいのではないか。 み

          短詩型文学について