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ネットワーク力によって情報の深層に至るには

A diplomatic mindset incorporates effective communication for establishing positive relationships and resolving conflicts. Before conveying any message, consider these key questions: What kind of message do I need to deliver? How will this message be received? What will be the emotional impact of the message?

訳:外交官としての心掛けは、効果的なコミュニケーション力によって問題を解決するための前向きな人間関係を構築することにある。相手に何かを伝える前に、どのようなメッセージを相手に送る必要があり、それが相手にどのように受け取られるか、さらにこのメッセージによってどのような感情的なインパクトが生まれるかといったことを常に重要なこととして考えておく必要がある。(Emirates Diplomatic Academyより)

【解説】
公の機関の中堅幹部で、将来政府の仕事で大使館に勤務する可能性のある人材の研修を実施するときに、常に課題として次のケースを紐解いてもらいます。

「あなたは、今ポーランドの日本大使館に勤務しています。ある日のこと、以前名刺を交換したアメリカの外交官から電話がかかってきました。その外交官は、日本とアメリカとの間には安保条約があり、アメリカとポーランドはNATOを通じて同盟関係にあるので、理論的にはポーランドと日本はアメリカを通じて強い絆をもっていることになる。そこでお願いがあるのだが、ポーランド政府がウクライナへの追加の武器供与を計画しているので、日本もポーランドからの武器の供与を手伝ってくれないかと依頼してきたのです。さてあなたはこのアメリカの外交官にどのように対応しますか」

このケーススタディを問いかけられた政府の関係者のほとんどが、日本の法律が武器の供与を禁止しているので、残念ながらそれには応じられないというふうに答えるべきだと回答してきました。
我々は研修でロールプレイを行うので、アメリカ人の外交官に扮した私のスタッフに対して、そのように答えてくるのです。
これが正解かといえば、確かに不正解ではありません。しかし、これが最高の答えかといえば、それは正解の中でも最も当たり前で、それ以上でも以下でもありません。
では、ベストアンサーは何でしょうか。それが今回のヘッドラインで記してある外交官の心掛けと関係してきます。
まず、相手が外交官である以上、今後その人物とネットワークを築いてゆくことが大切であるという大極に立つことです。要請に対してただ正解をもって断れば、そこからは何も生まれません。
最初に日本の担当者がなさなければならないのは、なぜポーランド側がアメリカにこのような問い合わせをしてきたのかという本音を聞き出すことです。その上で、ポーランドの置かれている本当の立場をアメリカの外交官を通して探り出すことができれば収穫は大きいはずです。

つまりベストアンサーへの入り口は、アメリカの外交官に対して、日本の法的な立場を説明することはしっかりと実施し、同時に一体ポーランド側がそのように要請してきた背景には何があるのかと質問をしてみることになります。
質問をすれば、相手は必ずその人がつかんでいる情報を提供してくれるはずです。ロールプレイでは、実はポーランド政府はウクライナからの避難民の救助活動が国家予算を圧迫していて、武器供与までは手が回らないという情報をアメリカの外交官から聞き出すことができれば、正解に近づくように仕組んであります。
ポーランド側の予算逼迫という情報がとれれば、避難民の救援への資金援助ということで、ポーランド政府を援助できるかもしれないとアメリカ側に伝えることができるはずです。
その上で、日本からの援助によって資金問題が緩和されたことによって、ポーランドが武器供与の予算を独自に策定できるかもしれないのです。
そこまで提案し、これはあくまでも私見だがということで、自らが今後プロアクティブに動いてみることを示唆できれば、さらにベストアンサーに近づきます。

最後に、おさえとして、アメリカの外交官に、こうした背景の中でポーランドに対して何ができるか非公式に打ち合わせないかともちかけ、日本側が交渉の主導権を握るために、ワルシャワのどこかのレストランでアメリカの外交官と出会うアポを積極的にもちかけて、そのアポがとれればベトアンサーです。
さらに、そのあとでポーランド側の担当者を紹介してもらい、その人とのネットワークまで築ければスーパー・ベストアンサーとなるのです。
もちろん、安易なコミットはできないので、あくまでもこれは「私見の交換だ」と釘をさしながら、その上で日本の担当者は、日本政府に対して資金援助の可否を問い合わせる準備を相手に知られることなく行えばいいのです。「私見の交換だ」といって含みを持たせ、相手に接していることは大切な戦略の一つです。
スーパー・ベストアンサーは、二つのベネフィットを日本側の担当者にもたらします。まずはポーランド政府の抱えている課題を正確に把握できること。そしてもう一つはアメリカの外交官とポーランドの担当者との個人的なネットワークと信頼関係を築くきっかけがここで生まれることです。

ウクライナで戦争が勃発して2年以上の間に、200人近くの関係者にこのケーススタディを問いかけ、ロールプレイに参加してもらいました。
彼らはある省庁で将来を担う中堅幹部です。
しかし、このケーススタディでスーパー・ベストアンサーまでたどり着いた人は、過去に誰もいませんでした。ベストアンサーにたどり着いた人も残念ながらほとんどいません。ごく当たり前の正解に至った人は、ほとんど全てであっただけに、ここに日本の外交問題、外交力の隠れた弱みが暴かれたように思えます。

つまり、今日本政府は我々が思っている以上に、海外の関係者との個人的なネットワークをもっていないのです。
お題目のように、日本の立場や法的な背景を流暢な英語で語ることはできても、本当に必要な人と人との付き合いや駆け引きの能力が不足しているのです。
単に、アメリカ側の要請にイエスかノーで回答したのでは、その要請の向こう側にある様々な情勢について把握できなくなります。まして、そうした答え方をした場合、相手方とのコンタクトはそれっきりで、人間関係は発展しません。

たとえ敵国や対立する相手であっても、常に相手側との人間同士の強い絆を維持することは、外交のみならず、民間のビジネスであっても基本の基本です。
この基本ができずにオペレーションの表層だけで活動し、判断していることに、日本の組織の海外での活動の脆弱性があるのです。
こうした場面においても、英語の能力以上の、最も大切なコミュニケーション能力の育成が急務なのです。

台湾問題などで冷え切った日中関係や、大統領が変わるごとに翻弄される日韓関係など、日本が関わる外交問題の多くは、こうしたネットワークができない日本の人材不足も大きく関係しているように思われます。

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