銭湯コミュニティ

コミュニティはどんな小さな社会にだって存在する。たとえそれが銭湯であってもだ。いやむしろ裸の付き合いであるから、下手に格好つけることもせず腹を割って話せるというものかもしれない。私は1か月前から銭湯に通っている。主に行く時間はバイトが終わった夜の9時過ぎだ。そこから店が閉まる11時まで満喫するのが私の唯一の息抜きだと言える。その時間帯の銭湯では、4,5人の常連たちによるコミュニティが存在していた。


私はまだ通いだして日が浅いため、まだそのコミュニティには馴染めていない。挨拶に毛が生えた程度の会話である。しかし、彼女たちの会話を聞いているだけで、私はメンバーの家族構成まで大体把握できるまでになった。平均年齢60歳以上と思わしきグループのリーダー格は、「キミちゃん」である。キミちゃんはとにかく声が大きい。毎回大きな声であいさつをしながら引き戸を開ける。そして、彼女たちの会話の内容のほとんどを占めているのが悪口である。キミちゃんは最も威勢よく毒づき、他のメンバーはそれに笑って同調する。それが、彼女がリーダー格である理由だろう。


最近分かったことなのだが、キミちゃんたちの悪口の被害者は、別の時間帯に来ているもう1つの銭湯コミュニティであるようだ。その被害者は主に昼の12時から14時に来る別の主婦たちだという。


「ほんまに昼のやつらは根性腐ってるわなあ。エステかヨガか知らんけど、そこで出会った男前にのぼせてるって噂やでえ。のぼせるのは醜いすっぴん面だけにしてほしいわあ。」


キミちゃんの怒涛の悪口に、聞き手の4人は楽しそうにケラケラ笑っている。よくもまあそこまで自分のことは棚におけるものだと思いながら、ニヤニヤしながらその話を聞いていた。


あくる日の休日、私は初めて昼の時間に銭湯に行ってみた。もちろんそこには昼バージョンの銭湯コミュニティが存在していた。昼と夜の構成員を比較してみて分かったのだが、夜の方の態度は恥も外聞もないのに対し、昼の方はまだ上品である気がした。そして私が驚いたことには、昼コミュニティの会話の内容も、夜コミュニティの悪口であるということだ。互いに悪口を言い合っているのである。昼の時間のキミちゃん枠は、どうやら「前田さん」という女性のようだ。その前田さんを中心に夜コミュニティの下品さについての会話に花が咲いていた。心なしか、悪口が陰湿さを増している気がした。おそらくその上品さのギャップからもたらされるのだろう。


「本当に夜の方々って言葉遣いが悪いのよ。あんなのが移ったら孫の発育にも悪いわ。」


しかし私は不思議に思った。2つのコミュニティはどうやって交流をしているのかということだ。住んでいる家が近所なのか、はたまた同級生だったのだろうか。また、2人の話を楽しそうにきいているキミちゃんと前田さん以外のメンバーはそのことを不思議に思わないのだろうか。


その1週間後、その謎は意外な展開で解決した。夕方3時ごろ、キミちゃんと前田さんが2人そろって私のバイト先のカフェに現れたのである。2人はレモンティーをそれぞれ注文し、3時間以上仲睦まじげにおしゃべりをしていた。話をする2人の横顔は、悪口を話すときと同じくらいイキイキして見えた。傍目に見たら仲良しおばちゃん2人組である。2人がなぜ互いの悪口を言っているのかはわからない。2人とも子育てにひと段落つき、退屈な毎日に刺激が欲しくなったのだろうか。その悪口により、同じく刺激を求める主婦たちの気晴らしになる笑いのネタを提供しているという自覚はあるのだろうか。そうだとしたら2人は策士である。まあ残りの主婦たちも知らないふりをしてコミュニティを楽しんでいるのかもしれないが。ひとまずこのことは私とキミちゃんと前田さんの秘密である。この関係はコミュニティとは言えないな、と1人で笑いながら、私は次の注文を取りにいった。

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