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【獣医師研修日誌】~飼い主さんからの電話相談~ 不満を残さないコミュニケーション

小雨が降る6月の夕方。今日は来院数も少なく、
診察が一息ついて、皆が少しずつ後片付けを始めていました。

院長先生は、4月から勤務している新人獣医師の高橋先生と、
飼い主さんからの電話の対応について、話し合いをしていました。

「高橋先生、飼い主さんからの電話対応は、獣医師の仕事の中でも特に難しいものの一つですよ」
彼は長年の経験から、その微妙なバランスを理解していました。

高橋先生は首をかしげながら聞き返しました。
「どうして難しいんですか?」


「飼い主さんは、愛するペットの健康について非常に心配されています。安心を求めて電話をかけています。私たちは電話だけで状況を判断しなければならない。これが大きな課題になるんです」と院長先生は説明しました。

「そうなんですね。では、どのように対応すればいいんですか?」
高橋先生は興味深げに尋ねました。

「ほとんどの場合、『心配なら動物病院に連れてきてください』と答えることになります。電話だけでは限界がありますからね。

でも、この答えは飼い主さんにとっては、満足のいくものではありません。
飼い主さんは『大丈夫です』と言ってほしい訳ですから」
と院長先生は続けました。


「それは確かに難しいですね。電話で『大丈夫です』と言ってしまったら、もし本当はそうでなかった場合、責任問題になりますよね?」
高橋先生は頷きながら答えました。

「その通りです。私たちは軽々しく安心を伝えることはできません。写真や動画での診断も限界がありますから、直接診ることが必要です」
院長先生はコーヒーを淹れながら笑顔で答えます。

高橋先生は考え込んだ後、院長先生に聞きました。
「どのようにバランスを取ると飼い主さんは満足してくれるでしょうか?」

「良い質問ですね。私たちは、飼い主さんの不安を和らげ、同時に適切な医療行為を確保するためのバランスをとる必要があります。電話相談は、適切なケアへの第一歩となる重要なコミュニケーションの1つです」
と院長先生は静かに微笑みました。

高橋先生は、別の角度から院長先生に質問を投げかけました。
「『動物は言葉が話せないから、ちょっとしたことでも動物病院に連れてきてください』というフレーズをよく聞きますが、本当にそれがベストなのでしょうか?」

院長先生は深く頷きながら答えました。
「確かに、そのフレーズはよく使われますね。でも、私はその考えには全面的に賛同していません。特に猫のように移動ストレスに弱い動物の場合、些細なことで頻繁に通院すると、かえって健康を害する可能性があります。」

院長先生はさらにこう続けました。

「『ちょっとしたことでも病院へ』というフレーズは、一見親切な動物病院のように見えますが、極端な言い方をすると、集患のためのフレーズになってしまいます。理想としては、飼い主さん自身が、何が様子を見てはいけない症状なのかを理解し、適切な知識を身に付けることです」

高橋先生は、そういう考え方もあるのかと少し考えて、言いました。
「それでは、獣医師として、飼い主さんにそのような知識を伝えることも、私たちの重要な役割の一つなのですね。」

「その通りです」と院長先生は微笑みながら答えました。
「私たちの役割は、動物の健康を守るだけでなく、飼い主さんに正しい情報を提供して、愛するペットの健康管理を適切に行えるようサポートすることも含まれます。それが、真に動物たちの健康に寄与する方法です。」

高橋先生は、この新たな洞察を胸に刻み、獣医師としての自らの使命をより深く理解したのでした。

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