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私たちの生活に不可欠な鉄の道具を生み出してきた「炎の仕事人」鍛冶屋たち

今日紹介する一冊は2月17日に発売した『鍛冶屋 炎の仕事人 日本の文化と地域の生活を支えてきた鉄の道具を生み出す人たち』(田中康弘・著)です。やや長めの副題ですが……人類の発展は炎を自在に操る能力と鉄の道具を生み出す力を獲得できたからといえます。そんな本書の見どころを紹介していきます

私たちの周りでほとんど見かけなくなってしまった鍛冶屋ですが、いまでも地域の生活や産業を支えています。本書では青森から沖縄まで10人以上の鍛冶屋を訪れ、職人たちの生い立ちやなぜ鍛冶屋になったかといった人物伝や仕事の様子を伝え、山仕事に欠かせない鉈から漆搔きの刃物、ニンニク掘り専用ナイフ、京都の高級タケノコを掘るためのホリ、南国のアダンの実を採取するための刃物などまで多彩な鉄の道具が豊富な写真とともに登場します。

「鉄は熱いうちに打て!」

鍛冶屋は「鍛造」という方法で刃物をつくります。刀匠が鉄をハンマーでカンカン叩いて日本刀をつくるあの製法です。赤々と燃える炭の熱で鉄を柔らかくして、光輝く鉄を叩いて延ばして形づくっていき、焼き入れや研ぎなどの工程を経ると、使い手の要望に応えた製品のできあがり! 叩いてつくるので打ち刃物ともいいます。

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炎と火花が鍛冶屋の仕事場を彩る。紙面では音と熱が伝わらないのが非常に残念です!


炎の祭

2章では、島根県の「たなべたたらの里」が主催するたたら製鉄の現場なども取材しています。映画『もののけ姫』を見てたたら製鉄をご存じの方もいるかもしれませんが、炭を燃やして砂鉄(真砂土ブレンド)を投入して加工しやすい鉄である鉧(けら)に変える製法です。「金,かね」偏に「母,はは」と書いて「鉧,けら」ですよ! とても大事な物質であることが漢字からうかがえませんか!?

冷えた鉧は叩き割られて(大事な物質と書いた直後に叩き割られてしまうとは……)、目白、砂味、造り粉、歩鉧、鉧細、鉧銑など細かく仕分けされていき、日本刀の材料でもある玉鋼もここで生まれます。私たちの身近にある鉄製品ですが、何もないところからいざ鉄を生み出すとなると非常にたいへんだし、よくこの製法を確立したなぁと先人たちの知恵に驚愕します。

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たたら製鉄の現場

マタギと刃物

著者の田中康弘さんが「初代 山の師匠」と呼ぶ西根稔さんは、秋田県の阿仁マタギでもあり西根打刃物製作所の三代目正剛(まさたけ)として活躍していました(*西根さんと田中さんがウサギ猟で冬山を歩いた話はヤマケイ文庫『完本 マタギ 矛盾なき労働と食文化』に収録していますので、合わせてご覧ください)。

マタギ必携の道具にナガサと呼ばれる山刀があります。
獲物を切ることはもちろん、枝を切り払ったり、木を削って必要な道具をつくったり、ナガサ一本で何役もこなすお守り的存在です。

フクロナガサ_Scan_NISHI 2

西根稔さんが生み出した袋ナガサ。自身がマタギであるからこそ生まれたともいえる渾身の一振。袋ナガサのハンドル部分は空洞状で柄を差し込めるようになっていて、槍のような使い方もできます。かつて鉄砲がない時代のクマ猟は、オシと呼ばれる圧殺罠のほかに槍(マタギ言葉では「タテ」という)を使っていました。安全にクマを仕留めるために、リーチがある槍が重宝しました


田中さんが撮影した三代目正剛こと西根稔さんが鎚を振るう貴重な映像。
鍛冶屋の仕事は動画で見るとよくわかりますね~♪
袋ナガサの名前の所以となっている柄の部分を金槌で叩いてつくりあげていく工程は感動しますよ!!!

西根稔さんが亡くなったあと、袋ナガサを唯一つくっているのが本書に収録の阿仁前田の西根鍛冶店の西根登さん。貴重な鍛冶仕事を拝見することができます。さらに他地域の鍛冶職人たちの仕事についても興味が尽きず、この場でお伝えしたいのですが、長くなるので詳しくは『鍛冶屋 炎の仕事人』をご覧いただけますと嬉しいです。

打ち刃物はその道のプロだけが使うアイテムではなく、誰にでもオススメです。高品質な打ち刃物は、ふだん使いであればそれこそ一生モノで、切るのが楽しくなるし、良い道具を使うと気分もあがります! 使用後の錆びに注意し、研ぐなど定期的なメンテナンスは必要なものの、ちょっと研いでやればステンレスの刃物では到底かなわない素晴らしい切れ味が簡単に蘇ります。打ち刃物はある意味、SDGs的な道具かもしれません。

職人たちがつくるワンオフともいえる打ち刃物を手に入れて、ぜひ心地よい切れ味を多くの方に体感していただくことを願っています!

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●書誌データ
書名:鍛冶屋 炎の仕事人  日本の文化と地域の生活を支えてきた鉄の道具を生み出す人たち
著者:田中康弘
発売日:2022年2月17日
定価:1,760円(本体1,600円+税10%)
272ページ/四六判・並製
https://www.yamakei.co.jp/products/2821330780.html

●著者略歴
田中康弘(たなか・やすひろ)
1959年、長崎県佐世保市生まれ。島根大学農学部林学科、日本写真学園を経てフリーカメラマンに。主な著書に『山怪』シリーズ、『完本マタギ 矛盾なき労働と食文化』(山と溪谷社)、『シカ・イノシシ利用大全』(農文協)、『ニッポンの肉食 (ちくまプリマー新書)』(筑摩書房)など多数