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発見された律法の書:聖書をめぐる旅 11/26

11/26(金)
おはようございます。今日の札幌、うっすらと雪が積もっています。
列王記下22章は、神殿を修復しているときに、律法の書が発見され、それがヨシヤ王の前で朗読されるシーンです。
詩編75編は、裁かれる神様について語られています。 


列王記下22章 

4「大祭司ヒルキヤのもとに上り、主の神殿に納められた献金、すなわち入り口を守る者たちが民から集めたものを集計させなさい。 5それを主の神殿の責任を負っている工事担当者の手に渡し、更に神殿の破損を修理するために主の神殿にいる工事担当者に渡しなさい。

8そのとき大祭司ヒルキヤは書記官シャファンに、「わたしは主の神殿で律法の書を見つけました」と言った。ヒルキヤがその書をシャファンに渡したので、彼はそれを読んだ。

11王はその律法の書の言葉を聞くと、衣を裂いた。


→ 偶像や聖なる高台を取り除いたヨシヤ王が最初にしたことは、神殿の修復でした。献金を建築士や大工に渡し、それまで荒れ果てていた神殿を新たにします。その時に、発見されたのが律法の書です。今のように印刷技術がない時代の律法の書ですから、貴重な1冊が神殿の奥深くに忘れ去られていたことになります。これを無視して数十年南ユダの国はさまよってきました。
律法の書の言葉を聞いたヨシヤ王は、衣を裂いたとあります。
このヨシヤ王は、人間が神様によって創られたこと、人間には目的があることを信じていた人なのかと思いました。ヨシヤ王は、主の言葉を聞くことのできる預言者のところに使いを出し、主の言葉に改めて耳を傾けます。

16主はこう言われる。見よ、わたしはユダの王が読んだこの書のすべての言葉のとおりに、この所とその住民に災いをくだす。 17彼らがわたしを捨て、他の神々に香をたき、自分たちの手で造ったすべてのものによってわたしを怒らせたために、わたしの怒りはこの所に向かって燃え上がり、消えることはない。

19わたしがこの所とその住民につき、それが荒れ果て呪われたものとなると言ったのを聞いて、あなたは心を痛め、主の前にへりくだり、衣を裂き、わたしの前で泣いたので、わたしはあなたの願いを聞き入れた、と主は言われる。

神様は私たちのへりくだりをないがしろにされません。
今日もイエス様の十字架を見上げるときに、感謝しかありません。

詩編75編

3「わたしは必ず時を選び、公平な裁きを行う。
4地はそこに住むすべてのものと共に
溶け去ろうとしている。
しかし、わたしは自ら地の柱を固める。

7そうです、人を高く上げるものは
東からも西からも、荒れ野からも来ません。
8神が必ず裁きを行い
ある者を低く、ある者を高くなさるでしょう。

10わたしはとこしえにこのことを語り継ぎ
ヤコブの神にほめ歌をささげます。

→ 人間関係のトラブルは、現代を生きる私たちにも、詩編の時代を生きる人たちにも変わりなくあります。
自分が悪くないのに悪者にされたり、自分の思いと違うところで傷を負うこともあります。時に、不条理な喧嘩に巻き込まれることもあります。
そんなときにも、神様の裁きが確かであることに私たちは感謝したいと思います。
日本の警察や司法制度も立派ですが、時を選び公正に裁かれる神様に
事柄をゆだねることは、生きていく上での知恵です。
神様は、確実に裁き、報いてくださる方です。
私たちは、理不尽な事柄に振り回されることなく、裁き主なる神様にゆだねて、心の中にはいつも平安を保つことができます。
そして、この神様にゆだねる祈りは、特別な場所特別な時間に足を運ばず、今ここでの祈りにて進められることを感謝します。


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