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土くれとして:聖書をめぐる旅 3/17

3/17(木)
ヨブ記、悲劇におちいった人に、なんと声をかけられるでしょう?
コヘレトの言葉は、人間の悲しい性を見ることができます。 

ヨブ記10章 

6なぜわたしをとがめ立てし
過ちを追及なさるのですか
9心に留めてください
土くれとしてわたしを造り
塵に戻されるのだということを。
10あなたはわたしを乳のように注ぎ出し
チーズのように固め
11骨と筋を編み合わせ
それに皮と肉を着せてくださった。
18なぜ、わたしを母の胎から引き出したのですか。
わたしなど、だれの目にも止まらぬうちに
死んでしまえばよかったものを。
22その国の暗さは全くの闇で
死の闇に閉ざされ、秩序はなく
闇がその光となるほどなのだ。」

 ヨブの叫びは、次のようなものです。
なぜ、自分だけこんな目にあうのですか?
なぜ、土くれからつくられたものを、再び塵に戻されるのですか?
なぜ、母の胎からひきだしたのですか?死んでしまえばよかったものを・・・。

この状態のヨブに、なんと言ったらよいものでしょうか?
私は、今のままのヨブの隣に座ることくらいしか思いつきません。
ヨブの側から物事を見たら、どんな景色が映っているのか?
彼の呼吸に耳を傾け、
「叫べ、ヨブよ。気が済むまで。
 私にも、わからないのだ。」


コヘレトの言葉5章

9銀を愛する者は銀に飽くことなく
富を愛する者は収益に満足しない。
これまた空しいことだ。
11働く者の眠りは快い
満腹していても、飢えていても。
金持ちは食べ飽きていて眠れない。
17見よ、わたしの見たことはこうだ。神に与えられた短い人生の日々に、飲み食いし、太陽の下で労苦した結果のすべてに満足することこそ、幸福で良いことだ。それが人の受けるべき分だ。

 人間の悲しい性を言い当てているような御言葉です。
手に入れても手に入れても、満足できないとは、
なんという悲劇でしょうか。
今日1日、元気に働き、ご飯をたべて、そしてこのnoteにむかえる時間があることを感謝します。



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