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人類学の観察ってすごい、すごいぞ。

はじめに

 過去に、デザインのコミュニティでUXってなに??っていう話をしていたら、「リサーチ大事!!観察大事!!」っていって、エスノグラフィーのワークショップをやっている、メッシュワークを紹介してもらいました。

 もう、何も知らないのに、勢いだけはあるもんで、いきなり「ワークショプ開催してくださいよ!!」って頼み込んでいたら、なんと、話を聞いてくれるとのことで、代表の水上さんとお話できることになりました!!本当に素敵な学びの時間だったので、感謝の意味も込めて記録を書いておきたいと思ってNOTEに掲載します!!

 まずは、メッシュワークの紹介から!!いきなり名前の経緯がかっこよくて、尊敬する人類学者にメッセージを送って名付け親になってもらったって、もうそこから痺れた。由来も含めて名前を忘れないと思う(そして、その人類学者:ティム・インゴルドの本を早速買って読んでいますが、おもしろ!!)そして、ミッションは「人類学者の目をインストールする」。多分、人類学者からエスノグラフィーとか参与観察とかを直接学ぶのは、ここでしかできないのでは。と思っています。

おはなししたこと

 前提として、僕自身はアジャイルコーチという職業をしています。スキルを磨くための研修でも、書籍でも、活躍している先輩方からも、エスノグラフィーから学ぶ点が多々ある。という話を伺っていたので、今日の時間は本当に楽しみでした。
 にも関わらず、お話しましょうと、メッセージを送っておきながら、終始、水上さんにリードしてもらってしまいました。。。そして内容もホント素人質問すぎて、恥ずかしいんですが、お話したことをふりかえってみると大きく3点。

  • 参与観察とは、どんなことができた成功なのだろうか

  • 視点を相対化するという、人類学者の立ち位置

  • 参与観察のオーダーは短くできないのか

  • コーチと人類学者の違い

参与観察とは、どんなことができた成功なのだろうか
 
人類学者がある民族を調査するために、エスノグラフィーと呼ばれるフィールドワークが行われます。その際に、長期間、行動をともにしながら観察を行う、参与観察というアプローチがあるのですが、その参与観察という言葉が体感として全く理解できずに、何ができたらできたと言えるのか、普通の観察とは何が異なるのか?ということが気になっていたので質問させていただきました。
 水上さんの結果は即答「私は、自分の視点が崩れたら成功だと思っています」。結構なるほどと思ってしまいました。自分とは異なる論理で回っている世界があって、その世界の理に気づいた瞬間は、きっと自分の世界の理が一旦崩れるので、それを感じたら成功かぁと。視点が崩れるにしても大小があるのかと思いますが、視点が崩れる、という表現はかなりしっくり来ました。

視点を相対化するという、人類学者の立ち位置
 
前の回答に「自分の視点が崩れたら成功」という話からの展開で、次の質問に、例えば、「ホンダのワイガヤ」のように、合宿を行い密な時間を共有することで、自分とは異なる理で動いている相手の世界に自分が入って行って、自分と相手の境界が溶けたような体験が「自分の視点が崩れる」という行為に近いものなのか?という疑問が浮かんだのでそこについて、質問して見ました。
 こちらも水上さんの結果は即答「人類学者は視点を相対化するので、相手との境界を溶かしていくというようなアプローチを取らないことが多いです」。なるほど。相手の理を理解しながらも、自分の理は別のところに持っておく。この考えは面白いなぁと思いました。
 次いで、ある企業に参与観察の機会を持った際に、日をおいて2回に分けて実施したことで、想定以上にうまく行った体験を話してくれました。おそらくは、1度目の訪問で相手の理が見えて、一旦インターバルを置くことで、自身の理に戻って、冷静に整理することで、また別の視点での疑問がうかんできて、その状態で2回目の訪問に臨めたためだろうとおっしゃっていましたが、長期間現地に染まることで、現地の方との境界を溶かして相手を理解することが大切だと思っていたので、ここでも目からウロコでした。

参与観察のオーダーは短くできないのか
 
この話も非常に面白かった。僕自身、ある案件でサービス立ち上げに関与させて貰う機会があり、そのなかで、インタビューやユーザーの観察等のリサーチを行うことになりました、支援は3ヶ月程度だったのでその期間で成果が見えていくようなアプローチが必要だった。他方、参与観察は同様に観察を行いながらも数年単位のオーダーで結果を出していくという違いがあるという理解。このオーダーの違いで見えてくるものがどの様に違うのか。というのが最初の疑問。
 ここについては、「やはり時間をかけないと見えて来にくいような視点があるのは確か」とのこと。実は水上さん自身もUXデザインに関するコンサルティングの経験があり、短い期間でできることの限界も感じていたとのこと。ここまで話して、参与観察の期間は年単位のオーダーが必要なのか、という疑問が湧いたので、また質問させてもらいました。
 この点については、実は試行錯誤中で「視点といっても複数あるので、短い期間の参与観察でも得られる視点があると感じている」とのこと。おそらくは視点の獲得もそうだが、インパクトがある視点の取捨選択も必要になってくると思うので、人類学の領域だけでは収まらないようにも思ったが、非常にワクワクするお話だった。

コーチと人類学者の違い
 
自身もコーチングを行うことがあるので、この話も非常に興味深かった。水上さんの「コーチは言葉を大切にするけど、人類学者と比較すると行動の観察までを注意深くやっていないように見える」という話を聞いて、なるほど、そう見えるのか!!と思った。確かにコーチは傾聴を通じて相手が発している言葉を非常に大切に扱う。コーチの練度によっては第3レベルの傾聴のように空気感までを含めて観察する方は居るが、それでも人類学者のようにインタビューではなく観察に比重をおいて解釈を深めていくアプローチは取らない。話を聞いていて、アジャイルコーチが人類学者から学ぶべき点はこの観察の姿勢なのではないかなぁと思った。
 あとは、自身の視点の相対化。自分自身に置き換えてみると、コーチとして相手の理解のスキーマによりそい、できれば相手に同化して、相手の立ち位置で物事を見てみようとする。インパクトがあるフィードバックを行うためには必要かもしれないが、視点の相対化ができずに、コーチとしての自身の視点に戻れずに、フォローしすぎる結果、相手の学びの機会を奪ってしまうという失敗もあったので、視点の相対化、に付いても人類学者の姿勢から学べることだと思った。

おわりに

 最高に学ぶことができた時間でした。視野が広がって話を聞いているあいだも、聞き終わってからもずっとワクワクしています。水上さんと話せたことによって、人類学者の考え方をぐっと身近に感じることができるようになりました。今後もワークショップが企画されると思いますので、是非参加シてみたいと思います!!
 水上さん、お時間をいただき、本当に本当にありがとうございました!!

余談ですが、人類学に興味を持つきっかけとして、小川さやかさんがいらしたのですが、メッシュワークの代表の比嘉夏子さんが対談していた様子。震えるほど感動。いい人はつながっているんだなぁ。


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