「国葬」について(詳細版)
1. 国法形式としての勅令
明治憲法のもとでは、国内法の種類は現在からみると多岐にわたっていて、皇室令・法律・勅令・軍令・閣令・省令・制令・律令などがありました。
そして、明治憲法は唯一の最高法規ではなく、同格のものとして皇室典範という国法形式がありました。つまり、国内の法形式は二つのピラミッドから成り立っていたのです。 そのことが、当時の法形式を多岐にわたらせる要因となっています。
現在、皇位継承順位などを定めた「皇室典範」という名称の法律があります。名称は明治憲法と同格であった法形式と一緒ですが、日本国憲法のもとでは、あくまでも憲法の下にある皇室典範という名称の「法律」です。
2. 法律と勅令
明治憲法では、第4条で天皇は国の元首であり、「統治権ヲ総攬」するものとされ、第5条では天皇は帝国議会の「協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ」とあります。立法権をもっているのは天皇で、帝国議会で法律として可決したとしてもそれは天皇に「協賛」したのだという位置づけです。
現在からみると、法律と勅令が並立していたということはいささかピンとこない話かもしれませんが、当時は法律も勅令(第8条・第9条)も法的な建前としては天皇の権能に基づく法形式だったのです。
なお、裁判所も、第57条で、「天皇ノ名ニ於テ法律ニ依リ」裁判所が行うものとされていました。
明治憲法が外形的立憲主義とよばれることもあるのは、このように外形的には権力分立を採用しているようでも、すべての権力は天皇が帰属する建前になっていたからです。
3. 明治憲法から日本国憲法へ
日本国憲法では、国民主権となり、天皇の大権はなくなりました。行政権は内閣に属することとなり(第65条)、国会が唯一の立法機関になりました(第41条)。
こうなると、明治憲法のもとでつくられたありとあらゆる法律なども、すべてなかったことにして、日本国憲法のもとで衆議院と参議院からなる国会が作り直す必要があるという考え方もありえます。
しかし、日々裁判などは行われていますし、裁判に至る前の商行為などは途切れることはありません。そこで、憲法98条は最高法規性を宣言するとともに、憲法の「条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」としました。反対解釈をすると、「憲法施行前に適式に制定された法令は、その内容が憲法の条規に反しないかぎり効力を有することを認めているものと」 考えることができます。
刑法など、一部改正は経ていますが、戦前から今日まで通用している法律があるのはこのような事情によります。
明治憲法のもとで、法律の形で存在していたものはそれでよいのですが、問題は、命令や勅令の形で存在していて、日本国憲法のもとでは法律で定めるべき内容のものです。これらは、昭和22年5月3日、日本国憲法の施行によって「勅令」という法形式は存在しなくなりますから、もし存続する必要のある内容のものについては、すべて法律として新しく制定しなおさなければならないはずでした。放置しておけば、それらの命令は第98条によって無効となるからです。
しかし、日本国憲法施行までの間に、それらの命令をすべて法律化することが困難であったので、便宜的な措置として「日本国憲法施行の際に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」(昭和22・4・18法72号) や、「日本国憲法施行の際に効力を有する勅令の規定の効力等に関する政令」(昭和22・5・3政令14号) を制定し、その第1条に「日本国憲法施行の際に現に効力を有する命令の規定で、法律を以て規定すべき事項を規定するものは昭和22年12月31日まで法律と同一の効力を有するものとする」と定めて、これらの命令の効力を一時延長し、その期間中に立法化することとしました。それでも間に合いそうもないものがあったため、期限満了前に法律244号で一条の四を加えて法律の形式を与える措置を取りました。
明治憲法のもとでの勅令で、日本国憲法のもとで法律をもって規定すべき事項を定めていたものは、昭和22年12月31日限りで効力を失いました。
4. 国葬令
この法律に基づき、国葬令 は、昭和22年12月31日で失効したことになります。現在、国葬に関する法律はありませんから、「国葬」という言葉を定義しようとすれば、この国葬令が参照されることになります。
ところで、国葬令には、だれが亡くなった時に国葬となるのか、特に国葬とすべき場合にはどのような手続を経て国葬となるのかについて規定されていました。
もし仮に、日本国憲法のもとで「国葬」という制度を続けようとすれば、憲法に適合的に勅書等の手続を改めたり、国民に喪に服すよう強制することは削除する必要があるでしょうが、それほど大掛かりな作業とも思えません。そして、ほかの命令などで、どうしても必要だと判断したものについては法律244号で滑り込みで法律にするというというぎりぎりのことをしています。にもかかわらず、昭和22年12月31日を迎えているのですから、国葬令は廃止すべきというのが当時の国会の判断だったといえます。
5. 国葬・国葬儀
さて、吉田茂元内閣総理大臣の「国葬」が戦後唯一の例とされていますが、当時政府は、「国葬」ではなく「国葬儀」であると説明していました。国葬令は廃止されていましたし、国葬令に書かれている「国葬」だとすると、国民に喪に服すことを強制することになりますから、これは日本国憲法上問題があると考えられたのでしょう。佐藤栄作内閣は、閣議決定によって「事実上の国葬」ができるとする政府見解に基づいて行われました。
当時の国会での議事録を見ても、法的根拠を何に求めているのかということはあきらかではありません。国民に喪に服すことは強制しないのだ、あくまでもお金を出しただけだ、というのが政府の説明のようです。 また、床次総務庁長官は、「国葬ということの意義自体が、今日の考え方と、あるいは過去において使いましたものと、必ずしも観念が合致していないのじゃないかと思います。」「ただいま御引用になりました吉田元総理の葬儀につきましても、国葬儀として取り扱うということになって、儀という字が入っておる。国葬そのものではない」と答弁しています。
国葬令に定めたものが「国葬そのもの」「過去において使いました」国葬の意義であるとすれば、日本国憲法のもとでそれが実施できないのは当たり前のことです。当時の国会議員は明治憲法の時代を経験している人たちでしたから、あえて違う概念であることを強調する意味があったのかもしれません。
このやり取りからもわかるように、ここで「国葬」という概念をどう定義するかというだけの話で、国葬令の「国葬」とは違うが、外国で行われている「国葬」との比較で言えば、「国葬儀」は「国葬」そのものといってもあながち間違いとは言えないでしょう。佐藤内閣も「事実上の国葬」という認識だったのですから。
しかし、今日なお、国葬そのものではなくあえて「国葬儀」なのだと、吉田元総理の時と同じ概念を使うことはかえって法的な説明がつかなくなるように思われます。
佐藤栄作元総理が亡くなられた際も、「国葬」つまり「国葬儀」が検討されましたが、法的根拠が明確でないことから、「国民葬」とされ、以降「国葬儀」は行われなくなりました。昭和43年、44年の議事録からは、法的根拠についてはあまり焦点が当たっていなかったように見受けられます。政府も、後になってから法的根拠の不明確性を認識した可能性があります。
吉田元総理が国葬儀で、今回も国葬儀であるとすれば、その法的根拠は同一であるはずです。
ところがここにきて、かつて法的根拠が明確でないとされていたものが「国の儀式並びに内閣の行う儀式及び行事に関する事務」(内閣府設置法第4条第3項33号)にいうところの、国の儀式にあたる、説明され始めました。しかし、この説明は行政法の常識に反するように思われます。
6. 法律による行政の原理
「法律による行政の原理」とは、行政活動は、行政機関独自の判断で行われてはならず、国民の代表である議会が定めた法律に従ってのみ行われなければならないというものです。行政法の重要な原理であり、日本国憲法でも、行政権の行使について国会に連帯責任を負うとされていることなどからも裏付けられます(第66条)。
内閣府設置法というのは、行政法の世界では、行政組織法に分類されます。行政組織法とは、国、地方公共団体その他の公共的団体の権限、所掌事務、構造などに関する法体系をいいます。
今回、根拠として挙げられている内閣府設置法第4条第3項33号の1つ手前の32号には、「元号その他の公式制度に関すること」とあります。しかし、この条文を根拠に、閣議決定で来年から元号を変えるようなことはできません。
元号法(昭和54年法律第43号)という短い法律があって、第1条「元号は、政令で定める。」第2条「元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。」とされています。いずれにしても主体については内閣ということになりますが、重要なのは、元号法という別の法律で、つまり国会が、主体は内閣であること、方法は政令の形で行うこと、元号を定めるのは皇位の承継があった場合に限ることを指示しているということです。
元号法の要件が充たされて、元号の変更をする、ということになった場合に、では、中央省庁のどこが担当するのか、となった時に根拠とされるのが内閣府設置法です。
内閣府設置法に元号に関することが所掌事務されているからといって、閣議決定で勝手に元号を変えられないのが当然であるのと同様に、国の儀式が所掌事項だからといって閣議決定で国葬儀を行うことはできないはずです。
明治憲法のもとですら、対象や判断主体を定める国葬令という法形式が存在していたのですから、「国葬儀」と称するとしても、だれが亡くなった時に、だれの判断で行うのかを定めた法律が必要と考えられます。
内閣府設置法に定めるすべての所掌事務の実施にあたって、別の個別具体的な法律の根拠がなければならないかといえば、臨機応変に政府の判断でできる場合もまったくないとは言えません。内閣府設置法を審議した際など、国会でもそのことを了解した上で所掌事務などを定めている場合が皆無とは断定できません。
しかし国葬に関しては、明治憲法時代には国葬令という法律と並ぶ国法形式があった、日本国憲法に置き換えれば法律にあたるルールがあったということは無視できません。そしてそれを国会として存続させようとせず、失効を待ったということは、法的評価としては黙示的な廃止行為となります。国会が廃止した内容を行政組織法(ここでは内閣府設置法)を根拠に閣議決定で実施できるとすることは、法律による行政の原理に反した解釈といわざるをえません。
7. 内閣法制局について
内閣府設置法を根拠とできるというのは内閣法制局の見解であるということが正当化事由とされているようにも見受けられます。
内閣の一部局に過ぎない内閣法制局が行政組織の建前以上の印象を与えているように思われます。これは、国会審議において、特に自衛権の範囲などをめぐってクローズアップされてきたからと考えられます。憲法9条の下では集団的自衛権の行使ができないというのは「自衛隊発足以来60年間に及ぶ政府の一貫した解釈であり、国会での激しい論戦の過程で、歴代の内閣総理大臣や外務大臣ら異口同音に繰り返し明らかにしてきた政府の考え方」 を変更したことから、内閣法制局長官が答弁に立つ機会も多く、事実上の権威が高められてきたということでしょうか。
しかし、内閣法制局は、内閣のもとに置かれている組織ですから(内閣法制局設置法=昭和27年法律第252号)、内閣の政策に対して法的な理屈付けをするのが仕事です(内閣法制局設置法3条3項)。今回も相当無理のある理屈であることはおそらく認識していると想像します。「では、吉田元総理の時の法的根拠は何だったのか?」との問いにはどう答えるのでしょうか。
いずれにしても、内閣法制局の見解だからということは錦の御旗にはなりえないはずです。実際、これまで最高裁でいくつかの違憲判決が出ている法令や国の行為についてもすべからく内閣法制局の審査を通っているものです。
権力分立の観点からも、行政の行う行為の合憲性や適法性の審査は第一次的には内閣自身で判断し、最終的な審査権は最高裁ということになりますが、第二次的な審査権は国会にあります。あくまでも内閣法制局の見解は第一次審査の局面にすぎません。
亡くなられた方を追悼するという気持ちは尊いものだと思いますが、その方法として「国葬」ないしは「国葬儀」が適切かについては、国会で真摯な議論がなされることが必要だと思います。
注釈
★1 佐藤功『日本国憲法概説 全訂第二版』434頁(学陽書房・1980年)
★2 明治憲法の関連条文
第四条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ
第五条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ
第八条 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス
第九条 天皇ハ法律ヲ執行スル為ニ又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス
第五七条 司法権ハ天皇ノ名ニ於テ法律ニ依リ裁判所之ヲ行フ
★3 最判昭24.4.6
★4 日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律(昭和二十二年法律第七十二号)
第一条 日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定で、法律を以て規定すべき事項を規定するものは、昭和二十二年十二月三十一日まで、法律と同一の効力を有するものとする。
第一条の二 前条の規定は、昭和二十年勅令第五百四十二号(ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件)に基き発せられた命令の効力に影響を及ぼすものではない。
第一条の三 行政官庁に関する従来の命令の規定で、法律を以て規定すべき事項を規定するものは、昭和二十三年国家行政組織に関する法律が制定施行される日の前日まで、法律と同一の効力を有するものとする。
第一条の四 左に掲げる法令は、国会の議決により法律に改められたものとする。
墓地及埋葬取締規則(明治十七年太政官布達第二十五号)
墓地及埋葬取締規則に違背する者処分方(明治十七年太政官達第八十二号)
埋火葬の認許等に関する件(昭和二十二年厚生省令第九号)
警察犯処罰令(明治四十一年内務省令第十六号)
有害避妊用器具取締規則(昭和五年内務省令第四十号)
開港港則(明治三十一年勅令第百三十九号)
家畜ニ応用スル細菌学的予防治療品及診断品取締規則(昭和十五年農林省令第八十八号)
栄養士規則(昭和二十年厚生省令第十四号)
食肉輸移入取締規則(昭和二年内務省令第四号)
医薬品等の封緘及び検査証明の取締に関する件(昭和十八年厚生省令第四十二号)
鉄道共済組合令(明治四十年勅令第百二十七号)
専売局共済組合令(昭和十五年勅令第九百四十五号)
印刷局共済組合令(昭和十五年勅令第九百四十四号)
逓信共済組合令(昭和十五年勅令第九百五十号)
営林局署共済組合令(大正八年勅令第三百六号)
警察共済組合令(大正九年勅令第四十四号)
造幣局共済組合令(昭和十五年勅令第九百四十六号)
生糸検査所共済組合令(昭和十二年勅令第二百一号)
刑務共済組合令(昭和十五年勅令第四百八十九号)
教職員共済組合令(昭和十六年勅令第十七号)
政府職員共済組合令(昭和十五年勅令第八百二十七号)
土木共済組合令(昭和十六年勅令第六百四十九号)
北海道庁営林現業員共済組合令(昭和十七年勅令第六百八十六号)
② 前項に掲げる法令の効力は、暫定的のものとし、昭和二十三年七月十五日までに必要な改廃の措置をとらなければならない。
③ 第一項に掲げる法令は、昭和二十三年七月十五日までに法律として制定され、又は廃止されない限り、同月十六日以後その効力を失う。
第二条 他の法律(前条の規定により法律と同一の効力を有する命令の規定を含む。)中「勅令」とあるのは、「政令」と読み替えるものとする。
② 前項の規定は、内閣その他行政機関に対し、日本国憲法が認めていない場合において命令を発する権限を付与したものと解釈されてはならない。
第三条 左に掲げる法令は、これを廃止する。
明治二十三年法律第八十四号(命令の条項違犯に関する罰則に関する法律)
明治三十八年法律第六十二号(戸主でない者が爵位を授けられた場合に関する法律)
明治四十三年法律第三十九号(皇族から臣籍に入つた者及び婚嫁によつて臣籍から出て皇族になつた者の戸籍に関する法律)
大正十五年法律第八十三号(王公族の権義に関する法律)
昭和二年法律第五十一号(王公族から内地の家に入つた者及び内地の家を去り王公家に入つた者の戸籍等に関する法律)
明治二年六月二十五日行政官達(士族の称に関する件)
明治五年太政官布告第二十九号(世襲の卒士族に編入伺出方に関する件)
明治五年太政官布告第四十四号(郷士士族に編入伺出方に関する件)
明治七年太政官布告第七十三号(華士族分家者の平民籍編入に関する件)
明治十三年太政官布告第三号(士族戸主死亡後に於ける族称廃絶に関する件)
★5 日本国憲法施行の際現に効力を有する勅令の規定の効力等に関する政令(昭和二十二年政令第十四号)
① 日本国憲法施行の際現に効力を有する勅令の規定は、昭和二十二年法律第七十二号第一条に規定するものを除くの外、政令と同一の効力を有するものとする。
② 昭和二十二年法律第七十二号第一条に規定するものを除くの外、日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定中「勅令」とあるのは「法律又は政令」、「閣令」とあるのは「総理庁令」と読み替えるものとする。
★6 法律第244号は、期間満了が迫っても法律化されなかった合計23の命令を列挙して、国会の議決によって法律に改められたものとするとしました(第一条の四)。これらの経緯については、佐藤功『ポケット注釈全書 憲法(下)〔新版〕』1280頁(有斐閣・1984年)。
★7 国葬令(大正15年10月21日勅令第324号)
第一條 大喪儀ハ國喪トス
第二條 皇太子皇太子妃󠄂皇太孫皇太孫妃󠄂及摂政タル親王内親王王女王ノ喪儀ハ國葬トス但シ皇太子皇太孫七歳未満ノ殤ナルトキハ此ノ限ニ在ラス
第三條 國家ニ偉功アル者薨去又ハ死亡シタルトキハ特旨ニ依リ國葬ヲ賜フコトアルヘシ
前項ノ特旨ハ勅書ヲ以テシ内閣総理大臣之ヲ公告ス
第四條 皇族ニ非サル者國葬ノ場合ニ於テハ喪儀ヲ行フ当日廢朝シ國民喪ヲ服ス
第五條 皇族ニ非サル者國葬ノ場合ニ於テハ喪儀ノ式ハ内閣總理大臣勅裁ヲ経テ之ヲ定ム
★8 第58回国会・参議院内閣委員会会議録第10号(昭和43年4月9日)より関連部分抜粋
○山崎昇君 ……それでは総務長官がおいでになりましたので、二点ほどちょっと聞いておきたいのです。実は昨年、吉田総理がなくなられて国葬になったわけなのですが、その際、閣議決定で国葬が行なわれた。そこでお聞きをしたい第一点は、大正十五年の勅令第三百二十四号で国葬令というのがあるのですが、一体この効力がいまもあるものなのかどうなのかということが第一点。時間の節約上続けて質問しますが、それがまず第一、それから天皇陛下が崩御される場合には、皇室典範等で大喪に服すということになるわけですが、天皇陛下以外の皇族方がなくなられた場合に、あるいは国葬が行なわれる場合もあると思うのですが、その場合は何に基づいてやられるのかということです。したがって、総理府としては、将来こういうものに備えて、国葬に関する法律を準備される用意があるのか、あるいは内閣において検討されているのか、この点まずお聞きをしておきたい。
○国務大臣(田中龍夫君) 御質問の前段の戦前ございましたものは今日はございません。で、今日の、過ぐる吉田前総理等の国葬につきましては、戦後の国政に非常に貢献をなさいました吉田さんの遺徳を国民がしのぶという意味におきまして、閣議の議によりまして行なったものでございまして、経費を負担したというだけでございます。それにつきましては強制的な何ものもございません。
○山崎昇君 したがって、私どもはやはりこれからもそういう国葬的なものは予想されるわけですね。そういう意味で、国葬に関する法律的なものを整備されるお考えがあるのかどうかということと、それから天皇陛下以外の皇族がなくなられた場合に当然そういうことが起こってくるであろう。そういう場合に、ただ閣議決定だけでやられるのは少し私どもはおかしいのじゃなかろうか、こういうふうに考えておりますので、そういうことも考えられて、いま政府としてはどういう検討をなされておるのかという点についてもお答えをいただきたい。
○国務大臣(田中龍夫君) 御皇室の問題におきましては、過ぐる貞明皇后様のとき等においてございましたが、つまり申しますならば、国の経費をもちましていたしましたというだけでございまして、行政的な事実行為に過ぎないものでございます。ただいまお話しのような、今後、将来、国葬の立法化、法制化ということを考えておるかという御質問でございまするが、今日の時点におきましてはまだその問題を考えておりません。
○山崎昇君 いま長官から、行政事実だけであって、国費をただ出すだけだと、こういうお話なんですね。しかし、私はそうではないんじゃないかと思うのです。少なくとも由民全体をあげて喪に服する場合、そういう場合には、それらしい根拠というものを設けておく必要があるんじゃないか。ただ、そのつどそのつど国費だけ出せばいいというものではないのではないか。そういう意味で、もう少し政府としてはこういう点について整備する必要があるんじゃないか。たとえばこういう場合はどうだとか、あるいは天皇陛下以外の皇族の場合はどうするんだとか、こういう点についてももう少し明確にすべきじゃないかと思うのですが、重ねてこの点をお聞きしたいと思います。
○国務大臣(田中龍夫君) お説のごとくに、当然、国葬法といったようなものも制定を行なうべきでございましょうけれども、まだ戦後におきます国民感情等が、最近の諸情勢のもとにおきましては、かような国葬法を制定するまでに立ち至っておらないというような考え方もございます。いずれはさようなことに相なるだろうと思いますが、今日の段階におきましては政府は考えておりません。
★9 第61回国会・参議院内閣委員会会議録第25号(昭和44年7月1日)より関連部分抜粋
○山崎昇君 総務長官が何か十二時ぐらいまでしかおられないということで、ちょっとちぐはぐになりますが、一言総務長官にお尋ねしておきたいと思います。
私は、前の田中総務長官のときにも一度問題を提起をして聞いておるわけですが、この前、もとの吉田総理の国葬に端を発して、国葬法というものをやっぱり考えておく必要があるのではないかということを前の委員会で提起をしたわけであります。なぜならば、内閣によって、そのつど行政権の行使として国葬なんということをきめていく私は性格のものではないのではないか、こう考えるのです。そこで総務長官はかわったわけでありますけれども、一体国葬法というものについてどうお考えになっておるのか、重ねて聞いておきたいと思います。
○国務大臣(床次徳二君) 国葬の問題に対しまして、過般にいろいろと御意見のあったことも承っておりまするが、政府におきましてもいろいろ検討した結果、いままでのような取り扱いをいたしたのでありまして、法律によりまして今後つくるかどうかということにつきましては、その問題として考えるべきものと考えております。
○山崎昇君 皇室典範では、天皇陛下がなくなられたときには「大喪の礼を行う。」ということだけであって、どういうふうにやるかは何もない。しかし、これは天皇陛下のなくなられたときの話でありますから別として、ところが前の吉田茂さんのなくなられたときに、内閣の決定で国葬ということを行なっているのですね。私はそれがおかしいのではないか。そのつどそのつど行政権で国葬なんということをきめてやること、そして国費を支出するわけでありますから、私はやはり基礎に、どういう形か知りませんが、国葬法のようなものをきめておいて、それを内閣が執行するというなら、そのときの条件に応じて行政権がきめることはいいと思う。しかし、国葬そのものまで、そのつど適当に内閣できめるということは、私はどうもおかしいのではないかと考える。そういう意味で、前の総務長官にも、国葬法というようなものを考える必要があるのではないか。さらに、これは死ぬときの話ばかりでぐあいが悪いのですけれども、たとえば皇族の方だって、これは近くにないとは言えぬ、あるいは遠いかもしれない。しかしその方によっては、国葬をやらなければならぬ場合も私はあると思う。それを単に内閣の考え方だけで国葬するしないというやり方は、私は少し逸脱しているのじゃないかという気がする。そういう意味ではかなりむずかしい問題ではありますけれども、かつての国葬令なんというものがあって、これはいまでは失効してないわけでありますけれども、これにかわるべき国葬というようなものについての法体制というものは、私は確立をしておく必要があるのではないか、こう常々思うのですが、重ねて総務長官の見解を聞いておきたいのです。
○国務大臣(床次徳二君) 過般の国葬につきましては、国の経費をもって行なう葬儀という考え方で、従来の国葬とは多少その意味において変わっておったと思いまするが、しかし御意見もございますので、この点は将来の問題として検討さしていただきたいと思います。
○山崎昇君 将来の問題として検討されるということは、あれですか、国葬法について制定する必要はあるとお考えになっているわけですか。
○国務大臣(床次徳二君) このこと自体が私は検討すべき問題だと思うので、しかし法をもって制定すべしという御意見もございますので、それを含めて検討いたしたいと思います。
○山崎昇君 私は、国葬なんというのは、これは表現は別として、国をあげてそのなくなられた方の喪に服するわけですね。そういうものが、国会では何も知りません。ただ政府の考えだけでやられていくということに、私はやはり問題があるのではないかと思うのです。だからそういう意味で、やはりどうしても私は国葬法というものを制定してもらいたいし、そうしなければまずいのではないかと私は考える。そういう意味で、すること自体がどうこうの前に、私は国葬というのは、やっぱり国をあげての葬儀に参列することになるわけでありますから、したがって根拠については明確にすべきだと思います。もう一ぺんあなたの意見を聞きたい。
○国務大臣(床次徳二君) いまお話にありました国葬ということの意義自体が、今日の考え方と、あるいは過去において使いましたものと、必ずしも観念が合致していないのじゃないかと思います。この点はひとつ十分検討する必要がある。国民をあげて喪に服するという考え方、あるいは国の経費をもって葬儀を行なう、この点、端的に申しますと、この二つの間にはかなり差があります。したがって、今後国葬というものを、どちらを主体にして考えていくかということになりますると、なかなか、御意見のように、国をあげて喪に服するということになると、やはり一つの形が考えられるわけでありまして、この点は十分ひとつ検討すべきものと考えておりますので、さよう申し上げた次第であります。
○山崎昇君 総務長官の考え方もなるほどですが、たとえば吉田茂さんの場合には、葬儀は国において行なう、故吉田茂国葬儀とする、こうなのですね。単なる国民の、国の費用だけでやりますというものではないのです、それでいけば。だから私は、こういうことをやるなら、行政権だけできめることに私はどうしても疑問を感ずるので、やるならやはりきちっと国会で意思表示をしておく必要があるのではないか、そういう意味で国葬法ということを言っているわけです。ですから、少なくともこれは早急に私は検討してもらってほしいと、こう思うのですが、どうですか。私は、単に国の費用だけでやりますなんというものではありませんよ、これは。
○国務大臣(床次徳二君) ただいま御引用になりました吉田元総理の葬儀につきましても、国葬儀として取り扱うということになって、儀という字が入っておる。国葬そのものではないところに、その当時いろいろ検討いたしました結果、ああいう取り扱いになったと承っておるのでありまして、御意見もありますが、しかしこの点は十分検討いたしたいと思います。
○山崎昇君 そうすると内閣ではこういう国葬儀、あなたの言う儀はあとでまたことばはどうあれ、じゃどういう基準で吉田茂さんなら国葬儀であって、それで池田勇人さんの場合は何もなかったのか、同じ内閣総理大臣をやられても。一つの基準がなければならぬと思うのです、ある意味で。それはどの人も同列に扱うことはできぬでしょう。それは業績の問題もある。しかし私はどうしても、何か行政権だけで、この人が国葬儀、この人は何もしない、こういうことを内閣の権限だけでやることに私はどうしても納得ができない。だからそういうものは一がいにきめられないとしても、ある程度の基準めいたもの、幅というものは私は国会でこれはきちっとしておく必要があるのではないか。それに基づいて個々の具体的な問題については行政権がこれをきめて行なうべきものではないかと、こう思うから、これはしつこく聞いているのです。どうですか。
○国務大臣(床次徳二君) ただいま御引例になりました国葬の問題、その他いろいろと、まだ新しい憲法の後になりまして、漸次それが慣例ができてまいる、また国民の考え方もきまってまいりまして、落ちついてまいりますると、いつか定着することになり、これが法律化するということになると思うのでありまして、今日はその過程でありますし、多少その点が具体化しておらない。法律化しておらないという結果にもなっておるのだと思います。したがいましてこれに対しましては、いろいろとまだ懸案となっておりますものが数件ございます。これは決してそれでいいというわけではない。いずれはこれは検討されなければならぬものだ。私ども先ほど申し上げましたように、この点につきましては検討すべきものである、また検討いたさなければならないと存じております。
★10 行政法はほかに、行政作用法、行政救済法に分類されます。行政作用法とは国と国民の法律関係に関する法のことで、国民との関係で法律関係を形成、変更、消滅させるための法体系です。行政救済法は、行政法において、私人の権利が行政によって侵害された場合、その権利を救済する法律の総称です。
★11 坂田雅裕『憲法9条と安保法制―政府の新たな憲法解釈の検証』2頁(有斐閣・2016年)