見出し画像

3. ジオパークにおける地質遺産の価値

ジオパークにおける地質遺産の価値について述べる。ユネスコ世界ジオパークでは、運用指針(operational Guidelines)において、国際的価値(international value)や国際的地質学的重要性(international geological significance)がその中核に据えられ、保全・保護し、教育や研究に利用せよと述べている。しかし、この国際的価値や重要性とは何か?については詳しく描かれていない。国際的地質学的重要性については、ユネスコ世界ジオパーク組織の上部団体である国際地質科学・ジオパーク プログラム (International Geoscience and Geopark Programme)では、国際的に価値の高い(研究者によって良く引用されている)国際論文誌に投稿された論文の存在によって、価値を確かめようとしている。これは、ある意味仕方の無いところではあるが、本当にそれで良いのか?国際的に価値の高い国際論文誌の研究論文も誤りを含んだ論文もしばしばあり、あっという間に使われなくなる論文も存在する。

一方、それぞれのジオパークでは、ユネスコ世界ジオパークや日本ジオパークに認定されたから、国際的に価値があると認定されたと勘違いして、とても貴重な地層や岩石であると宣伝している場合がある。ジオパークの認定も、地質遺産の国際的価値を確定したことにはならない。「世界的に価値の高い岩だよ、さあ見に来ておくれ。すごいだろう?美しいだろう?お客さん、本当に良いものを見たね。これを見逃したら、本当にもったいない!」こんな言葉をかけられても、お客さんは、「そうなんだ。価値が高いのね。すごいなぁ。良いもの見ちゃった。得したなぁ。」と思ってくれるのは希れで、ふーん。。。という反応がほとんどだろう。実際、説明している人も、説明を受けている人も、本当の価値って何かが分かっていない。

もちろん、価値に基準はない。ジオパークを認定する側も、認定される側も、自分たちが信じているものが、地質遺産の価値なのだから、それで良いと言えば、良いのかもしれない。しかし、地球の規模に視野を広げ、地球の歴史46億年の時間の流れで、ものごとを捉えるジオパークであれば、別の視点から価値を考える必要があるのではないだろうか?

このシリーズで、これまで述べてきたように、ジオパークの地質遺産は、未来の子ども達や子孫のためにある、あるいは、人類の未来のためにある。私は、そのように考えている。そう考えると、国際的な論文で認定された価値でもなく、見た目の美しさでもないはずだ。特に見た目の美しさなど、風化浸食ですぐ無くなってしまう。地球上の物質は、一時も同じ形や状態で留まっていてはくれないのだ。それぞれのジオパークで定めたジオサイトには、沢山の地層や岩石、鉱物や化石がある。それぞれは、保存する価値があり、大切な地質遺産だ。それは、観光客に見せびらかすものではなく、未来に残すために、価値を分かってもらうための存在である。

私にとって、ジオパークやジオサイトの地層や岩石ではなく、日本のあちらこちらにあるすべての地層や岩石は、愛おしい存在だ。路傍に転がる石でさえ、ジオパークで看板が設置された岩石と同じくらい重要に思える。それは、日本のすべての地層や岩石が、活動的なプレート境界で形成された地質遺産だからである。日本周辺では、プレートが沈み込み、地震が発生し、火山が噴火する。これらの活動に伴って、山地は隆起したり、風化や浸食が起きて、河川で堆積物が運ばれる。畑や田んぼなどの農地は潤い、私たちの住居を建てる平野が生まれる。海に流れ込んだ土砂は、魚に栄養を与え、海溝では新しい日本の国土を芽生えさえてくれている。ジオパークやジオサイトの地質遺産は、そのような日本周辺の地質現象を記録した証拠であり、この国において未来に何が起こるかを示してくれる道しるべなのだ。

私は、それぞれのジオパークの価値やジオサイトの価値も認めている。しかし、大切なのは、日本全体のジオパークと連携して、日本列島という世界的にも希な変動帯の活動を総合的に理解して、1つ1つのジオパークの価値を再認識する必要がある。同じ意味で、日本列島という特殊な環境の地質遺産の価値を理解するためには、世界各地のジオパークと連携し、それらの地域の地質遺産の価値およびその背景にある地球の働きを学び理解して、最終的に地球システムの中での自分たちのジオパークの立ち位置を学び直して欲しい。あなたのジオパークが将棋の駒の銀だとする、隣のジオパークが桂馬だったら、優越感に浸りますか?他のジオパークが歩だったら、嘲笑しますか?将棋の駒は20枚あり、それぞれが役割がある。銀だけでは勝てないし、歩にも重要な役割がある。全体で1つのシステム、1つの世界観を創りだすから、面白いのだと思う。ジオパークのネットワークには、いろいろな役割があると思いますが、地質遺産の価値を考えるとき、ネットワークの中での自分たちの地質遺産の価値の位置づけを見直すのも大切なことである。

地質遺産の価値の大小は、論文でも、審査の結果でも、決まらない。ジオパークに参加している一人一人が持っている『未来へのビジョン』で決まる。私はそう思う。