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ワンピース先生(仮名)に教わったこと

忘れられない先生がいる。
中学3年間、国語を受け持ってもらったワンピース先生(仮名)だ。
この先生は、ほぼ毎日ワンピースを着ていた。世の中にそんなにいろいろなワンピースが存在するのかと、田舎の中学生の私は先生のコレクションに半ば呆れていたものだ。
ワンピース先生は、ほとんど授業らしい授業をせず、ひたすら国語とは全く関係のないことばかりを喋っていた。現代であれば、授業をせずに無駄話ばかりしているなんてどういうことだ、許さん、転勤させろ!と猛り狂った保護者たちが教育委員会に2億回ぐらい電話をしているだろう。いい時代だった。

ワンピース先生は、必ず2日連続で同じワンピースを着て学校に来た。が、それは夜に洗って風呂場に干して、きれいに乾かしてから次の日も着るのだという。
はじめはそんなものかと思ったが、やはりおかしいと思い直した。2日間着倒して、それから洗っているに違いない。ファブリーズも浴室乾燥機もない時代の話である。夜に風呂場に干したワンピースなど、朝になってもびちょびちょのはずであった。
わざわざ夜に洗って干して同じワンピースを2日連続で着る意義がどこにあるというのだろうか。そんなめんどくさいことをしてまでびちょびちょのワンピースを着てくるくらいなら、別のワンピースを着たらよいはずだ。しかも2日目のワンピースが、びちょびちょになっていたことは一度もなかった。
大人も時にウソをつく。ワンピース先生に教わった。

同級生の誰かがこっそり子犬を飼っていた事件があった。
親と学校にバレて、結局その子犬はワンピース先生が飼うことになったのだが、その経緯から昨日子犬が食べたものまで、ワンピース先生は全部喋る。
プチと名付けられたその子犬が、プチプチ、プーチプーチ、と呼ばれると喜んでしっぽを振る話とか、実にどうでもよかった。
世の中にはどうでもいいことがたくさんある。ワンピース先生に教わった。

中学は1学年4クラスあった。ワンピース先生は、4クラス全部の国語を担当しているので、同じ話を4回することになる。
1回目に当たったときは、まだ話が洗練されていない。
しかし4回目ともなると、かなり話が聞きやすくなっている。
喋りは繰り返すとうまくなる。ワンピース先生に教わった。

そんなワンピース先生も、たまに真面目に授業をする。
試験が近いときだ。
喋りは日々訓練されているし、すでにベテラン教師である。文法の説明もめちゃくちゃわかりやすい。
毎日これをやってくれたら、私たちの国語の成績はいかばかりか、と思ったが、田舎の中学生にそんなことを進言する勇気と勉学への真面目な意欲などあろうはずもない。
たまに聞く授業は面白い。ワンピース先生に教わった。

ワンピース先生は授業そっちのけで喋るので、いろいろなネタが必要だ。私は優等生だったので、よくネタにされていた。
なぜだか知らないが合唱部が文化祭でオペレッタをすることになった。ワンピース先生の指導のもと、なぜだか知らないが私も手伝うことになり、絵がうますぎる親友のMちゃんやKちゃんまで巻き込んで大道具をなんとかしたり、細かい演技指導までして、オペレッタの舞台を作り上げた。この過程も全てネタにされた。
私の入学直後の成績は学年2位で、そのあとはずっとトップであったが、ガリ勉をしていたわけではない。授業を聞いて、宿題をしていただけである。それも全クラスにバラされていた。
ところがだ。3年生になってやってきた転入生がいきなりトップの成績をおさめた。また、さすがに3年生になると真面目に勉強を始める子たちが出てきて、私の成績は転落した。そりゃ授業と宿題しかしていないのだから当然である。それももちろん暴露された。
ワンピース先生のネタ元になるのは、もはや私ではなく転入生のSさんとなった。Sさんには申し訳ないが、心底ほっとした。以降、Sさんの順位の上がり下がりは、皆の知るところとなった。
中学生にプライバシーはない。そして教師の寵愛はすぐに移る。ワンピース先生に教わった。

ワンピース先生には娘がいた。
あるとき、娘が自殺を図った。
それも全部、ワンピース先生は話した。
授業などそっちのけで喋りまくる、怖いものなしにしか見えないワンピース先生にも、いろいろと怖いものがある。いろいろな悩みや苦しみがある。ワンピース先生も泣く。
人生は複雑だ。ワンピース先生に教わった。

毎回真面目に授業をするだけの先生だったら、多分、ワンピース先生のことを覚えていないだろう。
変な人ほど記憶に残る。ワンピース先生に教わった。

ちなみに元気になった娘がプチと楽しく遊んでいる話なども聞いたはずだが、どうでもよかったので、あまり覚えていない。
どうでもいい話は記憶に残らない。ワンピース先生に教わった。

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