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なぜ私はnoteを書いているのか?

そもそも、なぜ私はnoteを書いているのか?
いつ出会ったかは覚えていない。
ただ2021年には、別のアカウントで7.8記事は書いていた。

昔から文章は好きだった。国語の成績は良くなかったが、作文はだけ捗っていた中学時代。高校で小説を読むようになり、3年でフリーランスに憧れてから、多くのビジネス本や自己啓発本を漁った。

既にやめたが日記を書く習慣は、中3から専門2年まで続いた。こうやって振り返ると、書く量と頻度は学生時代から培われたのだろう。

しかし、なぜnoteで思いを綴るのか?
これに価値を見出し、かつて続けていた日記すらやめたのか?

改めて自身に問いたい。

一つ言えるのは、常に課題解決の答えが文章だったこと。

個人事業を始めた2020年から繰り返してきたのは数々の失敗だ。
いつかの記事で触れたが、ダブルブッキングをしてGoogleカレンダーを徹底したこと。
堕落や時間を得られない反省から1時間単位のスケジュールを実行したこと。
学生ながら社会に出て迷惑をかけ、そんな自分を嫌いになった。それでも、もう引き返せないから。この道で進み続けるには、己を成長させるしかなかった。

最も単純で効果的なやり方は、反省点と改善点を書く行為。
noteで直接はしなかったが、反省と改善した後、改めて具体的な経験談も含め、ここにまとめる行為は幾度となくしてきた。

自分の思いや目標、心情の変化、過去の記憶、学び、それら残し続けることで、山口大空と言う1人の人間の思考を確立させ、流されない人間性を培った。

最も憧れた経営者は前田祐二で、最も好きな本はメモの魔力。ただ、それらからも一文単位で判断をする。完全に鵜呑みにしない。多くの自己啓発本を出している著名人や海外の経営者、アスリートに有名人、彼らの本からも一文単位の判断を繰り返し、吸収し、己の細胞を構築している。

学生時代からメモ帳にインプットし続け、それが2.3年ほど溜まった2022年から山口大空の思考としてアウトプットされるようになった。
その場所がこのnote。

今は100を超える長文が出来上がり、常に書き続けても、ボイスレコーダーで録音しても言葉が溢れ出る状態まで成長した。

こんなことを語りながら、最初の質問に戻る。

なぜ私がノートを書いているのか?
それは、揺るがない自分の思考を構築するためだ。

自身の言葉を文字に起こし、責任が伴うプラットフォームで社会に公開し、何度も読み返す。過去の思考と今を照らし合わせる。

そうやって揺るがない軸を作りあげている。
自分ルールを作り、思いを漏らし、過去を振り返り、未来を描く。

そうやって、この場で私を構築しているのだ。

生きた証にもなるだろう。私の死後、この文章達が周りに良い影響を及ぼしたら嬉しいものだ。

この先どうなるかも分からない、ただ生きてるうちは、自らの構築のために書き続けるのだろう。

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