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なぜ石巻でバーなのか?

郷里の石巻で店(バー)を始めて9か月になる。といっても週末だけの営業だし、5月連休明けと9月の緊急事態宣言でしばらく休んだしで、正味半年もやってない。それでもいろんな人が来ては「早ぐコロナ終わってけねすかや」「まんず今年の冬は寒いなや」と互いにブーたれる日々を送っている。

「なんで店なんか始めたの?」

実は意外と訊かれない。たまに訊かれると「石巻に拠点がほしかったから」「セカンドライフへの布石」などと、その場(空気)に合わせて適当に答えているが、どれもしっくりこない。自分でも「なんで店だったんだろう?」と、グラスやフライパンを洗いながら考えたりしている。

10月だったか、地元紙の元新聞記者Tさんと数年ぶりに再会して「実は」と店の名刺を渡したとき、ほんとうに驚いた顔をして「なんでまた?」と訊かれた。上記のようなことに続けて「答えは店をやりながら探しますよ」と笑って別れた。翌日、昼の喫茶店営業時間にTさんがフラっと現れた。コーヒーをすすりながら「昨日の続きだげっともや。山小屋さんは『店をやりながら答えを探す』って言ったよね。その《問い》って何なんだべ?」。そう来たか。まぁ、逐語的には「なぜ山小屋を始めたのか?」という問いでしょうね。でも問いと答えがちょっと食い違っている。

Q. なぜカレーライスを食べているのか? →A. 食べながら答えを探します

これではQ&Aが成立しない。安倍元総理のごはん論法のようにはぐらかしてるだけ。「なぜかわからないがカレーライスが食べたかったから」と答えるのもありがちだが、どっちにしろ逃げている。

「あなたはなぜカレーを頼んだの(作ったの)? 真剣に答えなさい!」

そうだよね。できるだけカッコつけずに答えたい。実のところTさんと何を話したかよく覚えていないし、いまも頭のなかに明快な言葉が出来上がっていない。一つだけ覚えているのは「落とし前」という言葉を使ったこと。

「Tさんは退職したいま、震災のことを書いているんですよね。それは新聞記者として生きてきた自分に落とし前をつけたいからじゃないですか。僕もこの10年に落とし前をつけたかったんだと思います」

うーん、相当カッコつけてるな。話すうちに「落とし前」という言葉が降りてきて「使える」と思ったのだろう。実はそのとき仙石線の発車時刻が迫っていて話を早く切り上げたくて、得心のいくオチをつけたかっただけだった。それに落とし前って言葉は任侠っぽくて、大嫌いな「生きザマ」みたいな語感(尾●豊や長●剛が言いそうな)にも近い。店をやっている実感から、それほど外れてはいないけれど。

なぜ?を説明しなければいけない状況として、こんなこともあった。閉店後に2階の店(レコードバーH)に飲みに行ったとき、常連客に「下で山小屋やってる人」とママが紹介して、話すうちに「なんで店を始めたんだ? やっぱり震災か?」と訊かれて、それもあるので「そうですね」と答えたら、その人はこう言い放った。

「『ふざけんな』って感じだよな。俺らからすっとな」

まぁ想定内の反応。「東京で定職に就きながら週末に通ってバーをやっている」と聞けば、石巻の人は誰だって「復興か何かですかぁ?」とシラケ気味に言うだろう。県外から人が来ることに慣れていても、その動機に「震災で”自分探し”ですかぁ」とレッテルを貼り、「ご苦労なこって」と冷ややかに見るところがある。そのときも面倒なので言い返さなかったが、あとで「”俺ら”って誰だ?」と思い返して「あの日石巻にいた人間」という意味だと仮定した。そんなに偉いのか?とも思う。ではあんたはこの10年なにをしたのか?と問い返したい。

いかん。ずれた。閑話休題。無理クリ答えなくたっていいと思う。周囲(傍観者)の「なぜ?」という問いに、自分(主体)がわかりやすい言葉で説明しなければいけない筋合いは、ない。Tさんは元新聞記者であり、読者(市民)に伝える使命感を働かせて、上記の質問をぶつけてきたのだ。そんな気がしたので、恰好のつく言葉を選んだに過ぎない。ほんとうのことは、自分でもわからない。

自分をよく知らない人に、3.11からの10年間を説明するのも面倒だし苦痛もともなう。仮に適切と思われる言葉を見つけたところで、字義どおりに受け止めてくれるとも限らない。だから、いちいち説明しない。どうしても知りたければ、店に来てください、というしかない。来てくれている客が「なんで店なんか」とあまり訊いてこないのは、たぶん、山小屋に来ればわかるからじゃないかな。

それでいいと思っている。

https://bar-yamagoya.hatenablog.com/entry/2021/10/17/235900