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続・脳科学の未来(13)コネクトームのパイオニア達#3

基礎

センチュウは、ニューロンの数が少ないという単純さゆえに、個体レベルで研究できる有用なモデル生物となっています。ところが、センチュウで見られるニューロンは、実際には脊椎動物のものと較べると、かなり異なります。例えば、脊椎動物の神経系にあるニューロンのほとんどは、細胞体から伸びる軸索、そして細胞体には別の細胞からの情報を受取る樹状突起が高度に発達しています。このような形をしたニューロンはセンチュウには見られません。また、センチュウで使える様々な研究道具(ツール)が、最終目標となるヒトを含めた恒温哺乳類でうまく使用できるかどうかというのは未知です。

哺乳類のモデルや使用できることが確実なツールを開発、研究したいというのは論を待ちません。それゆえに、脊椎動物、特に恒温哺乳類でこのようなコネクトミクスのツールを試すことができるような材料が必要になってきます。

神経系のなかでも、最も好奇心の対象となりやすい大脳は、6層からなる層状の皮質構造をしていますが、実際は様々な領野に分かれていて、入力や出力も多様であり、その神経回路はどこでも均一ではなく、非常に複雑です。

Harvard大学のJohn Dowling教授が執筆した1987年出版の「The Retina」の内表紙には、日本語で「網膜」と書かれていました。愛知県岡崎市にある基礎生物学研究所(現・自然科学研究機構)にサバティカル休暇で滞在中に執筆された本です。この本の副題は、「An Approachable part of the Brain(脳のアプローチ可能な場所)」となっていますが、網膜を学ぶための教科書としてよく知られ、2012に改訂版がでています。

網膜は、脳とは離れた目の中にあって、光を感じ取る組織ですが、その構造は神経組織であり、多様で多数のニューロンが詰まっています。網膜は、発生学的にも、その初期は大脳と同じ神経上皮に起源を持つ立派な神経組織です。

薄い紙のような網膜の特徴は、脊椎動物の神経系によく見られる軸索(視神経)と樹状突起をもつ出力ニューロンである網膜神経節細胞、光を受けとる2種類の視細胞(錐体、桿細胞)、更に3種類の介在ニューロン群(水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞)が、美しく層状に並んでいるというところにあります(図)。しかも、入力情報は光であり、網膜というひとつの膜上では、同じように働く神経回路ユニット、つまり「ミニ・コネクトーム」が敷石を敷き詰めたようにモザイク状に連続して多数繰り返されています(実際はもっと複雑ですが)。網膜は、脳の特徴を持ちながら、実験的に研究できる様々な神経回路を持っているのです。

網膜の細胞

当時、マサチューセッツ工科大学の情報神経科学者であったSebastian Seung教授(現在、プリンストン大学)の著書「Connectome」(2012) は、「コネクトーム」を表題に付けた世界初めての成書でした。

彼が現在注目してきた材料は、網膜です。既に紹介した電顕と高度な画像解析を使ったコネクトミクスの方法を用いて、網膜神経節細胞と他のニューロンの間の接続の様子を解明してきました。

↑ 講義1:哺乳類の視覚系のウォークスルー 翻訳済み


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