光が見えてこない

さっきから光が見えてこない。
私は眠気覚ましのガムを口に放り込んだ。
時刻は深夜2時23分。
残業を済ませた私は、コンビニで食料を買い込んで、車に乗り込んだ。真っ直ぐ帰ってもよかったが、いつものクセで高速道路へと車を走らせた。残業帰りはいつも高速を走ってしまう。気分転換になるし、見晴らしもいい。何より高速入口の係員の元気がいつもよく、なんだか明日への活力になる。
しかし、さすがに今日は見晴らしが良すぎる。車も数台しか走っていなかったし、なんなら今は一台も走っていない。
私の車以外の光がなかった。
嫌な予感がした。
車のライトをそっと消した。
その時、ケータイが鳴った。
残業が追ってくる。
そんな気持ちでいっぱいになった。


さっきから光が見えてこない。
いくら連休だからといって、薬局が一個も空いていない。どこも明かりが消えている。労働改革やらなんやらで、ほとんどの店が休みだ。それは結構なことだが、今日休まなくたっていいだろう。切りつけられた左足が痛む。防刃チョッキを着て、アカデミー賞級の死んだ振りをしなければ、死んでいただろう。
クソ、どこもシャッターが閉まっている。
閉店なのは百歩譲っていいとしても、セキュリティが強固なのは本当に頭が痛い。
治療を諦め、俺はネットカフェを探した。
通信機器の類は全部あいつに壊されたし
仲間も殺された。だが、全員じゃない。
連絡をとって、状況の報告と助っ人を
頼もう。
俺は洒落たネットカフェの自動ドアを開けた。店員への挨拶もそこそこにブースに入る。デスクトップpcの電源をつけて、一息ついた。ティッシュを何十枚も使って、左足首に押さえつける。ドリンクバーにあったジンジャエールと砂糖をたっぷりと傷口にすり込んだ。こんなのほとんど効果がないが、気休めぐらいさせてくれ。
インターネットを開いて、snsにログインする。新規アカウントを作り、炎上狙いの内容を投稿した。投稿の中にはさりげなく、報告内容を折り込んでいる。このまま炎上すれば奴らも気付いてくれるだろう。これが俺たちのマイブームだ。
俺はデスクトップpcの中から、いくつかのパーツを取り出し、ネットカフェを出た。
その足でこの街で唯一の公衆電話に向かう。
オールドテクノロジーに興味がある訳ではない。中に入ってる小銭に用がある。
ネットカフェから10分のところに公衆電話はあった。ほぼ誰も使っていなく、古ぼけていたが一応電話はできる。俺は公衆電話から小銭ボックスを引き出した。
その中から、通常とは違う10円玉を探す。
あった。3枚の硬貨を抜き出し、小銭ボックスを戻す。
この三枚とさっきのパーツがあれば、あいつの場所を特定できる。
反撃開始だ。

※※
さっきから光が見えてこない。
近くの会社に入り込んで、適当な車を探したがロクな車がない。どれも高級車ばかりで目立ちだがりだ。労働革命だ、なんだというが、直すべきはこういう所からじゃないのか?無駄な見栄だ。営業に高級車が本当に必要なのか?そんなことを無駄に考えながら、車に乗り込んだ。とりあえず、こいつでいい。別の殺し屋の尻拭いをわざわざしたのだ。高級車で憂さ晴らしだ。車は途中で換えれば、いい。
私はコンビニに向かった。
食料を買い込もう。
ストレスは食で晴らすに限る。

※※※
私はケータイの終話ボタンを押した。
エンジンを止めた。ものすごく緊張する。
ガムも紙に包んで捨てた。
足音がした。私はライトをつけた。
ライトの先には男がいた。
「やっと見つけたぜ」
男が言った。男は車に銃を向けている。
私はゆっくりと左手を動かし、シートベルトを外した。そして

座席の下へと体を滑らせた。
瞬間、男が引き金を引いた。
銃声が立て続けに響く。
私は混乱した。こいつは誰だ。なんなのだ。
涙目になりながら、ケータイを触るも繋がらない。なぜか、圏外になってしまう。こんなの聞いてない。その間にも頭上を銃弾が通過していく。泣きたい。その時、トランクが開く音がした。
バックミラーを見上げると、トランクから男が出てきているのが見えた。厳重に閉まっているはずなのに、もうなんなのだ!
だから残業は嫌なんだ!
祈るように頭を伏せた。


※※※※
コンビニで引きこもり用の食料を買い込んでいると、女が見えた。軽自動車に乗った綺麗な女だ。女がよく見えるように私は雑誌コーナーに行き、立ち読みを始めた。週刊誌越しに外の女を見つめる。どこか懐かしさを感じる。私が懐かしさを感じるのは大体昔殺した人間のことを思い出す時だ。仕事で殺した人間のことは思い出さない。思い出すのは趣味で殺した人間のことだけだ。仕事以外で人を殺さないなんて、変なとこ真面目な殺し屋もいるが私は殺す派だ。好きでやっていることだからな。
あの女は昔殺した女に似ている。
とても綺麗な女だった。とても優美で煌びやかで...どうしても時を進めるのが許せなかった。

女が店内に入ってきた。食料品コーナを漁り始めた。私は雑誌を買って、外に出た。
女の車を探る。車内には目立ったものは何もない。タイトルをつけるなら"平均"だ。車の裏を見ると、発信器らしきものが付けられていた。ストーカーでもされているのだろうか。不憫な女だ。乗車賃代わりに外してやった。さて、次はトランクを見るか。トランクを開けると何も入っていなかった。
コンビニに目をやると、女が自動ドアに向かっていた。俺は急いでトランクに入り込み、ゆっくりと内側から閉めた。高級車で尾行は面倒だ。このまま自宅に連れて行ってもらおう。そこで、時を止めてやる。

※※※※※
「なんだお前、まだ生きてたのか」
車の上から、あいつを見下ろしながら私は言った。あいつは今度こそ、死んでいた。
1人で突っ込んでくるからだ。馬鹿だなー。
私はスーツの胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。ふと夜空を見上げると月明かりが見えた。光が見えた。綺麗だな。


その時、銃声がした。

※※※※※※
"ある会話"
「りりか、聞いてるか。お前の車から発信器が外された。で、心配になって調べた。どうやら、別の組織からの情報だと、暗殺者もお前の車に乗ってる。他の車は退場してもらった。後はお前がやれ。残業ついでにさ、頼むよ。あと1人や2人楽勝だろ?」

私は車の天井に向かって、発泡した。
何発か放つと、男が倒れた音が聞こえた。
上手くいったみたいだ。
さすがに私も焦ったが、終わってみればなんてことはない。ただの残業だ。
一息ついて、私は天井を見た。
銃弾で空いた穴から、月明かりが見えた。

※※※※※※※
薄れてゆく意識の中で見えたのは、あいつが倒れていく姿だ。どこの誰だか知らないが、殺ってくれたらしい。間接的だが、仇はとれたわけだ。走馬灯のように仲間の顔が浮かぶ。こんなベタなのか死ぬ間際って。何か、イレギュラーを作りたくて、車窓を見た。綺麗な女が起き上がってくるのが見えた。いいな、俺の最後の女だ。悪くないな。
俺はゆっくりと目を閉じた。
暗闇だ。だが、光が見えた。

終わり

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