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165日目:さよならジャギー、そしてようこそ<社会的>ヘアスタイル【山田ウェンペのニコニコ闘病生活】

ついに髪を切った。社会性が1あがった。

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↑筆者近影(美容師撮影)。シャツの襟がよれているのがやや反社会的だ。

まずは「アシンメトリーにしたいんですけど」という、陰キャ顔にしては強気のオーダーによく応えてくれた美容師に感謝したい。結果としてはド派手なアシンメトリーというよりも、アシンメトリー気味のツーブロックという形に落ち着いた。ひとまずは落ち武者スタイルから脱却して<社会的>外見に一歩近づいたことを喜びたいと思う。問題は、ふだん出かけるときは整髪料をつけずにキャップを被ってしまうことで、この<社会的>ヘアスタイルを社会に対してぞんぶんに見せつける機会があまりないことだろうか。

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髪を切られているあいだは、中学生のときのことを思い出していた。
当時は「かっこいい髪型ならモテる!」というひとつの思考枠組みに支配されていて、女の子にモテているカッコいい髪型の男子に「どこで髪切ってるの?」とよく聞いていた記憶がある。ある友人は「○○町の××だ」、または「△△がいいよ」と流行りの美容室を教えてくれたが、一方で母親は「となりの床屋に行きなさい」とわたしに命じた。当時、収入のなかった私に(まあ、今もないが)通う美容室を選ぶ権利はなかった。結局、わたしは母からもらった2,000円を握りしめてとなりの床屋に向かい、店主のおやじさんに「カッコいい髪型」をオーダーしたのだった。

となりの床屋のおやじさんは、顔つきは具志堅用高そのものだったが、しかしその奥底にどこか近代的で底知れないオシャレさを秘めているような、そんなオーラの持ち主だった。
カッコいい髪型にしてくださいという私のストレートな要求に対して、具志堅氏はこのように提案した。
「それでは"すきバサミ"を使おう」
"すきバサミ"という単語を生まれて初めて聞いた私は尋ねた。「"すきバサミ"って、なんですか?」
「髪をすくハサミのことさ」具志堅氏は答えた。「カッコいい髪型の人は、みんなこのすきバサミを使っているのさ」
カッコいい髪型の人はみんな"すきバサミ"を使っている――。わたしの知らない世界の秘密を教えてくれた具志堅氏を、当時「カッコいい髪型の人はモテる教」の信者だったわたしは心の底から信頼し、それからは定期的にとなりの床屋に通うようになったのだった。

お店に通うたび、具志堅氏はいろいろな世界の秘密を教えてくれた。その中でも特に記憶に残っているのは、"すきバサミ"が"ジャギー"とも呼ばれていることだった。
「カッコいい髪型はすべてこの"ジャギー"で作られるんだよ」
ジャギー。濁点がふたつもついて、なんてカッコいい響きの単語なのだろう!!「かっこいい髪型ならモテる!」という思考枠組みに支配されていた私に、"ジャギー"というイケてる響きの単語は恐ろしくハマった。もはや当時の自分にとって、ジャギーでヘアスタイルを整えることこそが"モテること"のすべてだった。中学生の頃、ジャギーと呼ばれるはさみがたしかに、わたしの頭の中の一角を占めていたのである。

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美容室で髪を切ってもらいながら、私はそんな当時の思い出について考えていた。となりの床屋には気がついたら通わなくなっていたのだけれど、正直いつから行かなくなったのかまったく覚えていない。たしか「カッコいい髪型ならモテる」というのが誤りだと気が付いたあたりで通わなくなった気がする。具志堅氏を深く信頼していたわりに、身を翻すのはけっこう早かったと記憶している。

ちなみに、この文章を書くにあたってジャギーという道具についてGoogleで調べたところ、あることに気が付いた。

すきバサミの別称は、"ジャギー"ではなく、"シャギー"("シ"に濁点はついていない)である。

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具志堅氏はその後、自宅で飼育していたアロワナ数匹が死んでから元気がなくなったと聞いた。以前帰省したときには床屋はすでに閉店していた気がしたし、家族ごと引っ越したという話も聞いたような記憶もあるので、きっと二度と会うことはないのだろう。もしかしたら別の町でも床屋を開いて、きょうもいたいけな中学生に"ジャギー"のことを教えたりしているのかもしれない。

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