土の中の子供

土の中の子供 /中村文則

土の中の子供ーー親に捨てられた男は、タクシードライバーとして働く日々の中、次第に死や暴力的なものへ自分を向けていくことに快感を覚えていく


蜘蛛の声ーー営業として働いていた男はある日突然仕事を辞めてホームレスとなって橋の下に住み着くようになる。通り魔事件を警戒していた警察に見つかった男は、橋から退去するよう警告されるが。。。


中村文則さんの小説は基本的に暗いけど、最後の部分では希望の種のようなものが毎回しっかりある気がする。人間というものを書く上で、闇と光のどちらもを描くことが重要なのだろうか。

学校やバイトを無断でサボってしまった時、罪悪感と一緒にどうしようもない快感がやってくることがある。忙しく動く世間とは別の次元に自分が存在しているような、ある種置いていかれてしまったような、それと同時に自由を手に入れたような。蜘蛛の声を読んでそんな感覚を思い出した。自分を無理矢理に動かそうとする世間の流れを、男はナイフで切り放そうとしていたんじゃないかと思った。


運命に吠える

土の中から這い出た後、野犬と遭遇してしまった時、主人公が全力を振り絞って、自分に暴力を振るってくる運命というものに対して咆哮するシーンが好きだった。(p92)

小学1年の時から小児喘息にかかり、薬を飲むのが嫌いだった自分はどんどん発作がひどくなっていた。どうしようもなく発作が治らないある冬の夜、薬を飲まないのが悪いと母親に怒られ半泣きになっていた自分は、このまま死ぬんじゃないかと思った。冷たい外の空気を吸うと呼吸が楽になると知っていたので、いつものようにベランダに続く窓縁に腰掛け、飲まなければいけない薬を片手に、夜空にというよりは、自分よりも大きい何かに向かって、「死んでたまるか!!」と、7歳の私は叫んでいた。住宅街にあるマンションの6階から急に子供がそんなことを叫ぶことに、自分の親がどんな対応をしたのかは覚えていない。ただあの冷たい空気の心地よさと、息苦しさと、叫んだことで自分の中に何か固いものが宿ったような感覚だけぼんやり思い出すことがある。

土の中の子供の野犬に叫ぶシーンを読んだ時に、あの時叫んだ自分はまさに、『暴力的に人間を支配しようとする運命というものに対して...私は叫んでいた。』のだと思った。


恐怖を克服する

暴力的なものや恐怖に自分から向かっていく主人公が本当に見たかったもの、死の向こうにあるような気がしていたもの、それは恐怖を克服することだった。(p104)

歯が痛くなった時、虫歯があると認めるのが怖くて、その痛みがなくなるんじゃないかと希望を込めて、痛い箇所をあえて何度もいじってしまうことがある。そんな感覚に似ていると思った。


優しい世界

主人公がわざと事故を起こして、一緒に住む女がなぜそんなことをしたのか怒りながら聞くシーンで

『優しいような気がしたんだ。これ以上ないほどやられてしまえば、それ以上何もされることはないだろう?世界は、その時には優しいんだ。驚くくらいに。』

と言ったのは自分の中でよくわからなかった。それは死ぬこととは似ているようで違うという。どういうことなんだろう?




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