voice-ex君の声-

脇に置いていたスマホを手に取ってLINEを開く。トーク画面の一番上にいつも表示されているアカウントとのトーク履歴を開く。そこには他愛のないような会話と、毎晩23時に規則正しく送信されてきたボイスメッセージが残っていた。画面を適当にスクロールして、目に入ったボイスメッセージを再生する。

『えっと、11月7日の木曜日、今日も昨日と変わらず仕事を終わらせて、帰りにスーパーに寄って、あ、今日は君の好きなハンバーグを作ってみました。美味しそうに食べてたので朕は満足である。ふふ、あ、ちょっと今録ってるからあっちいってて!後で聞けるから!』

思わず頬が緩んでしまう。

付き合い始めて間もない頃から彼女は毎日の出来事を日記を書くように声で日々を残していった。僕はその声日記を一方的に受信させられて毎日楽しんでいた。

『10月14日月曜日、今日は祝日で君とデートをしてました。…全く君って奴は私という絶世の美女が隣にいるというのに他のレディに鼻の下を伸ばしたりして…謝っても許してあげないんだからね!!』

この日は確か二人で映画を観に行って、その時出てたヒロインの衣装がかなりセクシーなもので鑑賞中に思わず声を漏らしてしまった時の事だったかな。平謝りしながらも頭の中がクエスチョンマークだらけだったのを今でも覚えてる。後日彼女の好きな 1日何食限定みたいなスイーツを一時間並んで買って帰ってなんとか許してもらったっけ。

暫く適当に彼女の声を聴き漁って、1つのメッセージを再生する。

『12月10日火曜日。こうやって毎日君にメッセージを送っていると社会人が如何におんなじ事の繰り返しであるかを思い知らされるよ。平日は毎日同じ時間に起きて満員電車に乗って、たまに痴漢なんかされたりするんだよ私。まぁそういう時はハイヒールで小指の骨を粉砕してやろうかってくらい強く足を踏んづけてやるんだけどさ。多分私痴漢界のブラックリストだよ。この女には手を出すな。小指の保証はできない、みたいな。ふふ。それから働いて、お昼休みに作ったお弁当食べて、また働いて、定時で帰れる時は早く帰ってスーパー寄って、たまには良いもん作ってやるかーって気合い入れて買い物して。買い物に気合い入れなくて良いか、はは。それから帰ってちょっと一息ついて夜ご飯の支度して、いつも君が帰ってくる時間に合わせて作り終わるの凄くない?特許だよ特許。それから二人でご飯食べながら適当にテレビ見てお風呂入って、たまにやることやっておんなじ布団で眠って朝を迎えて。気づいてないかもしれないけど、君寝てる間に私のことギュって引き寄せるんだよ〜あ〜可愛い。何が言いたかったんだろう私、あ、えっと、毎日毎日同じことの繰り返しでもさ、それでもいいやって思わせてくれる君ってすごいなって話だよ。君の腕に抱かれて眠って、毎晩生きてて良かったって思うよ。褒めすぎたかな、クソ野郎!私はもう寝る!飲み会でもなんでも行ってきやがれおたんこなす!!』

再生が終わって、スマホの画面が暗くなった。放置しすぎて灰が氷麗みたいに長くなった煙草に口を点ける。メンソールの爽やかさの奥の方にしょっぱさが見え隠れしている。夜風が前髪を揺らして灰をそっと落として行った。温くなった発泡酒を一気に喉に流し込んで少し噎せた。生きてて良かった、彼女はそう言った。生きてて良かった。彼女が言ったそんな夜は、どこにあるんだろうか。

2本目を灰皿に捨ててベランダを閉める。シャワーでも浴びようかと立ち上がった時にスマホが震えた。立ったまま腕を伸ばして表示を確認した。

『ハルがボイスメッセージを送信しました』



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