2月の推奨香木は、久々の黄熟香(御家流香道の寸門陀羅)です🌸

10年前の3月3日に東慶寺(北鎌倉)で催された式楽茶会にて

ほどなく立春を迎えようという時季になって、ようやく冬らしい風の冷たさが身に染みるようになってきた2024年です。

風に乗って梅の香りが運ばれて来る(ような気がする…)時季には尚早ですが、香雅堂からは、一足先に春爛漫の気分をお届けしようと思います。
2月の推奨香木として、常温でも馥郁とした香気を晴れやかに放つ黄熟香を選ぶことにしました。

黄熟香の太い丸太の周辺部の白太を取り除いた、心材部分

もう随分と昔のことになりましたが、御家流で寸門陀羅に用いられる香木が実は黄熟香であることを発見したのは、御家流桂雪会や御家流柿園会の重鎮から「こんな香木を探して!」とお頼まれしたことがきっかけでした。
そして様々な例を探し集めた結果、黄熟香には十種類を超える様々なタイプがあり、著名な正倉院宝物も、間違いなくそれらのタイプの一つであろうことも確信(織田信長から下賜された蘭奢待が奉納された尾張一宮真清田神社に出向いて、保管されている香木片を鑑定した結果)するに至りました。

黄熟香の正体は、沈香(伽羅を含む)を生み出すジンチョウゲ科アキラリア属では無く、全く別種のジンチョウゲ科ゴニュステュルス属の植物で、主要な産出地はインドネシアです。
アキラリア属もゴニュステュルス属もワシントン条約の付属書Ⅱに記載されて保護下にありますが、正式な手続きを経れば、入手することは現在でも可能です。
両者には「属が異なる」という極めて重大な相違があるのですが、具体的な相違の一つに、「沈香(伽羅を含む)は分泌された樹脂分が香気を発する」のに対して、「黄熟香はオイル分が香気を発する」を挙げることができます。
沈香・伽羅からエッセンシャル・オイルを抽出することは不可能ですが、白檀と同様に、黄熟香では可能なのです。

樹脂分とオイル分との相違は、聞香の味わいにも大きな違いをもたらします。
前者は加熱される時間の経過に伴って様々な香気を放つことになり、奥行きのある複雑な味わいを感じることができますし、後者は、比較的に低温から晴れやかな華やかさを感じさせる香気を強く放つことが多いと言えます。

香雅堂の推奨香木では過去に二種の黄熟香を公開していて、それぞれ十分な在庫がございますが、両者ともに発見・採取されたのは比較的に近年(十数年~二十年前)でした。
今回は数十年前に輸入されていた、より貴重な一木を紹介させて戴きます。
黄熟香としてのタイプは「仮銘 子の節」に似ていますが、年代の相違からか、香気はより穏やかで柔和に感じられます。

次の和歌から「仮銘 風のたより」と命銘させて戴きました。
花の香を風のたよりにたぐへてぞ鶯さそふしるべにはやる    
                     (紀友則)(古今和歌集)

ご参考までに「仮銘 子の節」の説明文をコピーして掲載しておきます。
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<仮銘 子の節(このよ) 寸門陀羅(黄熟香)について> 黄熟香にも様々なタイプが見られますが、中でも常温での香りが高く、加熱しても優しく柔和でありながら華やかに立つ、典型的な「黄熟の寸門陀羅」です。 一木の中に、赤く見える部分・黒い部分・薄茶色の部分などが交じり合っていますが、いずれの箇所も"匂いの筋"は共通しています。とても上品な、推奨できる黄熟香です。
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今回の「仮銘 風のたより」も、断面を見ると様々な色合いが混ざり合っていて、一部を短冊状に割ってみますと以下の写真のように微妙なグラデーションを示します。
香気の内容(匂いの筋)は変わりませんが、香気の強さに若干の違いが感じられる気がします。

断面は、黄熟香に特有の煌きを見せています

御家流における寸門陀羅の香気を単調とみなす香人もおられるようですが、複雑さでは沈香・伽羅に及ばずとも、特有の馥郁たる華麗な香気が柔和に放たれる味わいは捨て難いものがあり、中でも貴重な最上質の古木の黄熟香として、「仮銘 風のたより」を推奨いたします。


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