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【モジャ毛語り⑥】ヤマダヒロミチが“逮捕”されたあの夜の件について

【たなか胡桃からのお題:「線路」】




バンドマンという生き物は、

現在では多少の美化・正当化もされているが、

元々は社会の構図からはみ出したならず者たちであり、


その多くのならず者が、
少なからずスネにキズを抱えて生きている。





そして、




バンドマンは、
やたらとスネのキズを語りたがる生き物だ。





やれ楽屋裏で気に食わない後輩をぶん殴っただの、


やれ誰かの家で変な錠剤飲んで泡吹きながらセックスしただの、


やれ盗んだチャリンコに盗んだジッポで火をつけただの、




打ち上げになると、

そんな物騒な会話が飛び交う。

特に俺よりも上の世代のバンドマンの口からはめちゃくちゃ飛び交う。






そんな中、


ヤマダヒロミチはみだりに他人を殴らないし、

ヤマダヒロミチは変な錠剤も飲まないし泡も吹かないし(セックスはめっちゃしたいし)、

ヤマダヒロミチは物も盗まないし火もつけない、



比較的マトモな(一般社会的には当たり前の)ならず者だ。




でもそうすると、


「お前みたいなおぼっちゃんは、警察沙汰とは無縁だもんなwww」


なんていう、
一般社会的には極めて摩訶不思議なマウンティングを受けたりもする。




警察の手を焼かせた武勇伝の方が
バンドの音楽性や完成度よりも優先される風潮は、

元号が令和になった現在でも、
ツッパリ文化の強かったライブハウス界隈ではまだ根強く残っているのだ。






別に品行方正に生きているつもりは無いが、


ヤマダヒロミチはバンドマンの犯罪履歴よりも音楽性の方が興味あるし、

後輩殴る系バンドマンの武勇伝が俺の音楽よりかっこよかったことは実際ただの一度も無かったので、



全く問題は無いのだが、





スネのキズ自慢がバンドマンの流儀だと言うのならば、




ヤマダヒロミチも、




ここで一つ、




罪の告白をしようと思う。







〻〻〻〻〻〻〻〻〻〻〻〻〻〻〻〻





大学1年生だった。


中高6年におよぶ男子校お受験軟禁生活から解放され、


大好きな音楽と、

まだ見ぬ“せっくす”という行為に溢れた、

とんでもなく刺激的な青春がそこにあると思っていた。





迷わず軽音サークルに入った。



みんな授業にもロクに出ず、
学生会館の溜まり場で昼から酒を飲んでるような、

そんな感じが最高にロックなサークルだと思っていた。



かわいい女の子も沢山いた。

“せっくす”とかしたかった。




憧れの「ソラニン」みたいな、

ロックでエキサイティングな青春の幕を開いた。










幕は開かなかった。






そんなロックでエキサイティングな、

今思えばまだ10代やハタチそこそこなのに
もう既に遊びのイロハを心得たようなイケイケの若者たちに、



閉鎖的なガリ勉高校で、

童貞をじっくりコトコト煮込んだヤマダヒロミチ(前髪だけストパー)が、

馴染めるワケがなかった。



入学3ヶ月にして、
サークル内屈指のKY野郎(※)として名を馳せることとなった。

(※そういや最近聞かないね。“空気・読めない”の略語ね)







こんなはずじゃなかった。


俺は音楽と仲間と“せっくす”とに溢れた青春を送ることだけを夢見て、
したくもない受験勉強を頑張ってきたのに。



“新歓コンパの時に俺と仲良くしてくれたかわいい女の子が
俺がビビって行かなかった夏合宿の大浴場で3年生の先輩とヤッてたらしい”




なんていう、
青春具合の次元が違う噂話をただ聞かされるだけのモブライフ。 





こんなはずじゃなかったのに。









ただ、


そんな中でも友人が全くいないわけではなかった。




そんな気風のサークルだからこそ、

ヤマダ青年だけではなく、
馴染めなかった仲間が何人かいた。





彼らと愚痴り合い傷を舐め合う日々も、


それはそれで悪いものではなかった。






ある日、


そんな仲間たちの“宅飲み”に誘われた。



“青春っぽいこと”にただただ飢えていたヤマダ青年はもちろん参加する。




某鉄道の線路沿いに住んでいた友人の家に、

お酒やツマミを持って集まって、

夜中までくだらないことで騒いだ。






夜もすっかり更けた頃合い、



仲間の1人が言った。







「今ってもう終電過ぎてるよな??」







「線路の上、歩いてみない??」







スタンドバイミー。




青春の代名詞。




酒も入り、気が大きくなった冴えない若者たちは、




追加の酒を買うコンビニまでのショートカットに、

近くの踏み切りから、一つ向こうの踏み切りまでの区間をこっそり歩いてみることにした。






深夜1時過ぎ、


その日のダイヤを全てこなし終え、間抜けに口を開けたままの踏み切りに入り、


そのまま90度方向転換、

誰もいない暗闇の中へと恐る恐る踏み出してみた。




よく晴れた、風の気持ち良い夜だった。





赤銅色の線路と
ゴツゴツした砂利の上を、





千鳥足で進む5つの足音。






寝静まった街の中で、



我々だけが動いていた。



世界が自分たちだけのものになったような、



陳腐だが痛快な気分で胸がいっぱいになった。







線路ってどこまで続いてんのかな?




こんな長く、誰が敷いたんだろうな。




サークルのヤツら、線路の上歩いたことあるかな??




次の踏み切り、けっこう遠いなー。










なんかパトカーのサイレン鳴ってんな。




こんな時間に物騒だね。











冴えない若者5人は、




次の踏み切りで待ち受けていた大勢の警察官たちに瞬く間に取り囲まれた。






そして、




踏み切りの外に掴み出され、





物々しいパトランプの灯りに照らされ、





涙目の若者たちの後ろ。





さっきまで俺らのレッドカーペットだったはずの線路の上を、







猛スピードで駆け抜けていく貨物列車。











街は寝静まってなんていなかったし、





動いてるのは我々だけでなかったし、




世界は俺らのものなんかではなかった。





パトカーはご丁寧に1人につき1台用意された。

閑静な住宅街の真夜中に大量の赤いランプ。


ドラマでよく見る“The連行”のシーンの真ん中に、
まだ“せっくす”すらしたことのないヤマダ容疑者が顔面蒼白で立ちすくんでいた。




初めて取り調べ室(なのかはわからないけど何かそれっぽい個室)に入れられ、



初老の警官からものすごい剣幕で怒鳴られた。





一歩間違えればあの貨物列車に轢かれていたのだぞ、と。






改めて血の気が引いた。

「ちょっと寝そべってみよっかなー」という軽口を実行しなかった数十分前の自分こそがヤマダヒロミチの救世主だ。





その後の事務処理を引き継いだ若い警官は、


「まぁ気持ちはわかるよ、スタンドバイミーっしょ?名作だよな。」
と少し優しく声をかけてくれた。






ヤマダヒロミチは、





「スタンドバイミー」を観たことがなかった。





ただ“青春っぽいこと”がしてみたかっただけの、




浅はかで愚かな大学生だった。







結局、線路の件と未成年飲酒をこってりと怒られ、指紋を取られた後、



夜明けと共に若者たちは釈放された。



大学に連絡が行き退学になる、なんてこともなく、


元通りの冴えない日常が待っていた。







ただ、






こんなはずじゃなかったのだ。






馴染めもしないのに何となく居るサークル。


ぼんやりとただ過ぎていく毎日。


何が起こるでもなく、

夢が叶うでもなく、



挙げ句の果てに危うく前科者、
どころか礫死体になるところだった。






このままでいいわけがない。






サークル、辞めよう。





大学の外で、ちゃんとバンド始めなきゃ。






ヤマダ青年は、


今漠然と乗っている線路ではなく、


ちゃんと目的地に続くレールを、


ぼんやりとではあるがようやく、
しっかりと探し始めた。






〻〻〻〻〻〻〻〻〻〻〻〻〻〻〻〻





というわけで、


ヤマダヒロミチは、

あの悪名高き“「スタンドバイミー」観たこともないくせにスタンドバイミーごっこして貨物列車に轢かれそうになったバカな大学生たち事件”の主犯格の1人である。


スネにキズのある男である。




だからと言って、



警察のことをマッポとか呼んだりしないし、

むしろ感謝している。





このスネのキズは、


あの日のヤマダヒロミチに、


進むべき道を指し示してくれた、



思い出の道しるべなのだから・・・










え、



スネのキズがショボいって??



だからヤマダヒロミチはマトモなならず者だって言ってんだろ。



そう、



警察のお世話になったのも、






この件と、

あとは道とか駅とか河原とかで酔っ払って寝ちゃってたのを保護されたことが数えきれないほどあるぐらい





品行方正なバンドマンなのだ。



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