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ありがとうの深度

「これから1時間目の道徳をはじめます。お願いします「お願いします」

「この間さ、ブックオフに本売りに行ったのよ。ミニマリストになりたいと思って」

「ミニマリスト?」

「そうミニマリスト、必要最低限のものだけで生活する人」

「あぁミニマリスト!知らん」

「知らんのかい」

「でね、こち亀をね、全巻売ったのよ」

「…こち亀全巻、癖。」

「ぼそっとこち亀全巻とか癖とか言うのやめてもらっていい?」

「でね、全然お金にならなかったからメルカリにしときゃよかったーとか思ったんだけど、とりあえず全部売れてよかったーって「ありがとうございますー」って言ったら「こちらこそありがとうございますー」って返ってきて」

「ほう」

「こちらが感謝したいのに、ありがとうにありがとうが返ってくるって素敵だなって思ったって話なんだけど」

「ありがとうございます」

「え、なんの?」

「でね、みんなは最近印象に残る''ありがとう''って覚えてたりする?」

「外国の人に道を教えたら''ありがとう''って言われました」

「グローバル!いいねそういうの。多いもんね、今外国の方。俺この前勉強教えようとしたら、先生には難しいんで大丈夫ですって言われたんだけど、え、なんで俺が傷ついてんのって思った話聞く?」

「あ、大丈夫です」

「大丈夫かー」

「他にいない?」

「もの拾った時」

「あるよね、拾ったそこから芽生える恋的なやつ。意識しちゃう的な」「あ、消しゴム落ちてるよ」

「あ、大丈夫です」

「え、ここでの大丈夫って何?」

「他になんかある?」

「なんかーこの前友達にゲーム手伝ってもらってありがとうって言いました」

「あ、いいそれ!ありがとう送ったことちゃんと残ってるのいいじゃん!」

「今日はね、ありがとうを考えるって回にしようと思うのね。この1時間終わった後に、みんなの発するありがとうに乗っかるものが増えるといいなって思います。教科書どうぞ」

『ありがとうの深度』
            谷川俊太郎
心ここにあらずで
ただ口だけ動かすありがとう
ただ筆だけ滑らすありがとう
心得顔のありがとう

心の底からこんこんと
泉のように湧き出して
言葉にするのももどかしく
静かに溢れるありがとう

気持ちの深度はさまざまだが
ありがとうの一言に
ひとりひとりの心すら超えて
世界の微笑がひそんでいる

「ありがとうの深度、深さかーなんか自分の送ってるありがとうってちゃんと心通ってきたものなのかって考えちゃうよね」

「なんか深い」

「うん、深いよね」

「みんなちょっと試してもらいたいことがあるんだけど、最近もらった''ありがとう''とりあえず3つ書いて、記憶に残ってる順に並べてみて!」

「3つも?」

「あるでしょ3つぐらい。ほら改めて考えてみると意外と''ありがとう''の受信テキトーにしてたりするのわかるから」

「3つ、思いつかねー」

「頑張って!」

「どう?」

「私は3番がごみ拾った時で、2が本貸した時で、1番が勉強教えてあげた時です」

「いいね!俺にも本貸して!」

「あ、大丈夫です」

「おい!」

「どう?」

「友達の委員会の仕事手伝った時、給食代わりに作った時、1番はちょっと早いけど母の日にお母さんにプレゼントしました」

「うわーちゃんと素敵、俺何しよ母の日」

「''ありがとう''って行為に対するリターンであることが多いと思うんだけど、相手のことを思った分だけもらう''ありがとう''が響きやすいのよね、記憶に残るものほど相手のことを思ってのよ」

「おーなるほど」

「でもみんな多分、感謝されたくて、ありがとうって言ってほしくてその行為をしてない。多分、そっちが目的になると''ありがとう''がないと傷ついちゃったり、損した気がしちゃったりする。自分がしたくて、喜ぶ顔が見たくてしてるんでしょ?」

「それはある」

「うん、ありがとう共感してくれて。でね、自分が''ありがとう''を送る時って、相手は自分のことめっちゃ思ってくれてるの。めっちゃ思って何かしてくれてる。だからその想いにちゃんと応えてあげられる方法が''ありがとう''をちゃんと届けることだと思うのね。相手の行為に込められた思いを知るとちゃんと''ありがとう''って届けようと思うよねって話」

「うん」

「じゃあ今日は残り30分、何するか?って言うとこの一筆箋に''ありがとう''を書いてみない?''書こう''にしちゃうとなんか強制してる感が出ちゃうから、''書いてみない?''ぐらいの感じで」

「手紙?」

「そう。見たことない?一筆箋って。ここに一筆箋大量に用意したから使って。で、この一筆箋は誰に書いてもいいし、それをこの授業の終わりに渡してくれてもいいし、渡さなくてもいいし、今日は発表しなくてもいいよ。でももし発表できる人いたら素敵かな」

「1人だけですか?」

「いゃ一筆箋100枚ぐらい用意したから何人でも」

「じゃあまずは1枚ずつ配るね。必要なら取り来て」

「誰に書くー?」

「言っちゃったらおもんないって!静かにやってみて!」

「先生、もう1枚もらっていいですか?」

「もちろん」

「2枚ください」

「どうぞ!」

「はい、じゃあ一応ここまでね。こんなん別にいつ書いたっていいんだから。''ありがとう''なんていつもらっても嬉しいんだから。読んでもいいよっていう人いる?」

「お、いい?」

「はい。…です。いつもありがとう」

「めちゃくちゃいい!ありがとうね、勇気いるよね。すごいわー」

「じゃあみんなが勇気出してくれたから俺も読む。宛名は書いてないので誰にかは言わないけど」

緊張の4月を終えて、迎えた5月にはもうずっと一緒にいるんじゃないかと錯覚するぐらい温かい場所がありました。''はじめまして''を温かく迎えてくれて、僕の話をいつも笑って聞いてくれて、いつも誰かのために一生懸命になれる人でいてくれて、みんなにはそんなやさしさが見えます。これから先、一緒に生活していく日々の中でまたたくさんの素敵が見えるんだと思うと楽しみで仕方ありません。修学旅行も体育祭も合唱もワクワクするね、受験だってみんなで乗り越えましょう。仲間に入れてくれてありがとう。これからもよろしく。

「(子どもの拍手)」

「いゃ宛名は内緒だから勘違いしないで」

「ツンデレかよ」

「あのね、今こうして''ありがとう''を書いてみて、言葉にしてみるとやっぱりちょっと恥ずかしいのよ。でもさその恥ずかしさに負けちゃって届かない''ありがとう''がたくさんあってきちゃったわけよ、これまで」

「僕には、弟がいて、特に一番下の弟はそういう''ありがとう''をちゃんと届けられる人なの。うちの冷蔵庫には弟が両親に向けて書いた''ありがとう''がたくさん貼ってあるのよ。そういうの見てさ、かっこいいなって思ったのね。恥ずかしさ超えて、ちゃんと''ありがとう''届けられる人、かっこいいなって思ったの。でも自分はそれができなくてちょっとこの生き方ダサいなーって思ったわけ。それからちゃんと''ありがとう''言おって思うようになったかな。みんなもちょっとだけ勇気出して''ありがとう''届けられるといいよねって話。今日も素敵でした。終わろ!」

「起立。これで1時間目の道徳を終わります。ありがとうございました「ありがとうございました」














「先生!」

「ん?」

「これどうぞ」

「マジか、めっちゃ嬉しいありがとう」

「こちらこそいつもありがとうございます。これからもよろしくお願いします」

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