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僕とブラジル〜35人の分析官〜

憧れの人達が参加するアーカイブ化計画を指を咥えて見ていた僕は''4年後は自分もここに参加したい''と誓ってノートにとにかく見えた現象を書き殴った。

''ふむふむSBがインサイドを取るとそこに相手SHがついてきて、大外WGへのルートが見えるのか''''なるほどフォルス・ナインとついてくるCBと走り込む3人目はセットか''''325よく見るようになったな…戦術のパラダイムシフトやな''

全体カメラという全知全能の神になったかのような視点からのサッカーは、いつもテレビで観るような画面に映る2列目までの選手の立ち位置から、最終ラインの人数、配置を割り出す作業を必要とせず、イニエスタ視点から観るサッカーはまさに僕の好奇心の種だった。

''あぁサッカーが楽しい''

久しぶりにそう思えたのは、見えるものが増えたゆえの楽しさ、''人は上手くできることをする''習慣化を謳った哲学者の言葉が僕を後押しする。松木安太郎で育った僕らのサッカーは諸外国より少々遅れてしまっているからサッカーを正しく学ぶことができる、そんな機会が必要なのだ。

するとありがたいことにチャンスは4年待たずして僕のところにもやってきた。

''やまださんらしい記事書きませんか?''

憧れの人達がたくさんいる中に、僕の名前がある。普段分析なんてざっくりとしかしてこなかったから見えるものは少ないし、自分の見えたものに解釈を加えるのも得意ではない。そこを4年間ちゃんと用意して臨む…ことはできるだろうけれど、今の僕がこの記事に挑戦することで日本サッカーが変わることはなくても、僕の中のサッカーは変わる、僕のサッカーに向き合う姿勢が変わる、これが自分のターニングポイントになるのなら、そう思ったのだ。

''4年に一度''だからとW杯に生活を捧げようと誓ったグループリーグとやはり''一生に一度''の受験を控えた子ども達を優先して流し続けた決勝トーナメント。そこにもう一度''4年に一度''をくれたWindtoshさんにはお礼を言いたい。ブラボー(子ども達もう誰も使ってないし誰も全集中してないから流行りなんてそんなもん)

''担当はブラジルです''

''…なんの思入れもねぇ笑''

これまであまり縁の無かった国だ。トレセンのブラジル遠征は日本食が恋しいと断った。今はスタメンをかろうじて言えるぐらい、どんなサッカーをするのかもよく知らない。日韓の時に大五郎カットにした弟の方がいくらかブラジルへの愛がある。

だからだ。

踊る暇があったらサッカー見てえ
歌う暇があったらサッカー見てえ
ライブのブッキング蹴ってサッカー見てえ

そこまでしないと踊るセレソンがわからない。彼らがもつサッカー王国の自尊心がわからないのだ。…踊るセレソン自尊心♪

僕は全体カメラを何度も止めて、セレソンがセレソンたる理由を探そうとした。

……………
…………
………
……

20年前の話、僕がまだサッカーを始めたばかりの頃の話。

隣のアパートに住むカストロはそんなに上手くはなかったけれど、ちゃんと勝とうとする気持ちにセレソンを宿していた。

家の前のアスファルトにはちょうど線が入っていて、それをゴールに見立ててボールを蹴る。やまだ3兄弟はそんなストリートで育った。夜になると2階に吊るした投光器が僕らを照らす。その光に集まってカストロはやってくる。それを横目にアンデルソンは電柱の真下で凧を上げる。はちゃめちゃだけどあの頃、緑町のあの一画だけはブラジルがあった。

''カストロルール''なる明らかにブラジル側に寄ったルールがあった。彼らにとってサッカーで日本人に負けるとはどれだけのことかを学んだ。

僕がグラウンドでボールをなくした数日後、明らかに僕が使っていたフィーバーノヴァの僕の名前の書かれていた六角形の一面は雑に塗り潰され、その上に雑に''カストロ''と書かれていた。僕は''それ本当にカストロの?''と聞いたけれど''名前書いてあるじゃん''でマイボールは簡単にカストロのボールになった。まだVARの無かった時代の話、彼のマリーシアにボールを奪われたあの頃、VAR全盛の今なら24時間監視してアイツを取り締まってやれるのに。

ブラジル×クロアチア

2022.12.9
FIFA World Cup QATAR 2022
準々決勝ブラジル×クロアチア
エデュケーションシティスタジアム
クロアチア 1-1(PK4-2) ブラジル

【得点】
105+1 ‘ネイマール(ブラジル)
117’ペトコビッチ(クロアチア)

スタメンは以下の通り。(これいつのどこのポジションを書けばいいのか初めて分析記事を書く僕に教えてはくれませんか?笑)

【ブラジル】
ボール保持:325、235、433、4231
ボール非保持:433、442、4411

【クロアチア】
ボール保持:433、4231、325
ボール非保持:4231、4141

僕にはこれだけのフォーメーションが確認できたし、そうじゃないって言う人もいる。僕にはこう見えたっていうのを前提に人それぞれの解釈を楽しんでみたい。こうして整理して見ていくことできっと見えるものが増えてきて、いつかこの記事の浅さや見えているものの少なさに笑える日が来るといいなと思う。

ブラジルは左SBの②ダニーロを内側に置き、3-2のビルドアップを行う。②ダニーロを内側に置くことで、クロアチアSH⓯パシャリッチのポジションが内側になる。すると③チアゴ・シウバからWG⑳ヴィニシウス、またはその間に入ってきた⑩ネイマールへのルートが空くことでプレス回避の構造。ネイマールに自由を与えていること、大外ヴィニシウスはブラジルの狙いたい形の1つである。

''届けたいやつに良い形で届けるためには?''育成年代のゲームを見ていても、ここが落ちていて流行りの形のみがピッチ上に見えることがある。果たしてこのSBはボランチのタスクを背負えるのか?ディフェンスラインに入った時にCBのタスクが背負えるアンカーなのか?それぞれのキャラクターを加味した上でのローテが起きているかが大事になる。「お前はSBだ!」と与えられたポジション名にタスクが与えられるよりは、場所にタスクが与えられる時代になってきてるんだという視点をもっておく必要がある。

このゲームでブラジルも3バック化した時にはCBの一角に⑯ミリトンを置けることで守備の安定を図ることができた。また⑯ミリトンは2-3のビルドアップの際にはクロアチアの左CB-左SB間をランニングし、大外レーンに張ったWGから斜めのパスを受けポケットまで侵入するアクションで好機を演出した。クロアチアのCB⓴グバルディオルだってゴール前にいることがあった。誰がどこにいたっていい、僕はそんなサッカーが好きだ。

前半だけで4-0と韓国を圧倒したラウンド16はゲームテンポを韓国のプレステンポに合わせて上げた形のブラジルだったが、クロアチアはそこまで忙しくプレスを試みる様子はなかった。

それでもここまで固い守備で勝ち上がってきたクロアチア。きちんと組まれたディアゴナーレにカバーシャドウ、モドリッチの運動量、グバルディオルの鬼のようなカバーエリアと中々チャンスには至らない…

''ねぇ、みんなならどうする?''

''そうっすね、僕なら…''

僕と35人の分析官

僕は4年に一度のW杯をなんとか子ども達に楽しんでもらいたいとW杯の少し前にサッカーの単元を策略的に組み込んだ。それはインサイドキックの蹴り方はこうでと丁寧に説明するような授業ではなく、''このシチュエーションを解決するならみんなならどうする?''を軸に進めたちょっと変わったサッカーの授業だった。

僕はブラジル×クロアチアのゲームを子どものアイデアと一緒に解決してみたかった。サッカーの授業が始まる前はイケメンを通してサッカーを見ていた子ども達が、今この状況をどうすれば解決できるかと現象を通してサッカーの話をしている。つい最近初めてサッカーを学んだ子ども達がどんな解決策を出すのか?35人の分析官が教えてくれたアイデアの数々、そこには日本サッカーが新しい景色を見るためのヒントもあるはずだ。ちなみに新しい景色ももう誰も言ってない。

「AからBにあるパスが通る道のことをパスラインって言ったじゃん?パスを通したくなければその間に立てばいいんだったよね」

「でね、このクロアチアの選手めっちゃ後ろ見てるのわかる?誰かいるのよ、パス届けたくない誰かが」

「アングル変えるとこんな。誰だと思う?通すとやっかいなのがいるのよきっと」
「…ネイマール?」

「そう、ネイマール。クロアチアとしては、ネイマールにボールを届けたくないのよね」

「じゃあブラジルはどうやってネイマールにボールを届けられそう?」

「パラレラとかですかね?」

「(映像を確認する)あ、ネイマールのパラだね」


パスの距離分、クロアチアの選手はヴィニシウスにアプローチできるからボールの軌道は縦になるのだけれどボールが通る意味ではほぼ正解を何人も導き出した。

ちなみにこのゲームではヴィニシウスの縦突破からクロスでネイマールもあったし、

ネイマールをダニーロとヴィニシウスの間に落とす型もあったからブラジルがやっていた解決の方法を35人で協力して何パターンも導き出した。

ブラジルは325、235を併用しながらクロアチアゴールに迫る。インテリオールの⑩ネイマールが内側に走りSBを内側に連れていくことで⑳ヴィニシウスをフリーにする再現性のある形もいくつも見られた。

「ちょっと休憩。1回サッカー忘れてクイズね。もしみんながアリを落とし穴に落とそうと思ったら、どうやって壁立てる?」

「え、穴に誘導するような壁の立て方しますかね」

「まぁ普通そうよね」

「じゃあ1回戻ろうか。クロアチアのキーパー始まりのビルドアップに対してブラジルはこんな形で出るんだけど、ちょっとこれ見て」

「ボールがアリだとしたらクロアチアの右SBのユラノビッチの前にはブラジルのヴィニシウスがいるのね。外切りって言うんだけど。そうすると?」

「そこには出せない?」

「そう。じゃあ他のところに出そうと思って周りを見ても?」

「みんな捕まってる」

「じゃあクロアチアの選手はどうしたでしょう?」

「出すとこないから思いっきり蹴る」
「ドリブルで突破!」

「じゃあ見てみようか」

(蹴ってブラジルに回収される)

「ブラジルあたまよっ!」

「ちなみにこのシーンこのゲームの中であと7回ぐらいある再現性のある形なんだけど、クロアチアはどうやって解決したでしょうか?」

「捕まってるからFW、MF、DFの人数比を変える!」

「それでもいいね!実際はこんな(動画を見せる:モドリッチが引き取りに来る、他のシーンではモドリッチ経由でSBに出して外切りを外す。ちなみにうちのチームのCBにはボランチとSBのボールなしペアリング意識してパス入れてねって言うシチュエーション)」

「これが近いかな。ちなみにこのシーンでは採用されなかったけどこれも実際サッカーでは採用されてるのよね」

「SBが内側を取る。そうするとヴィニシウスも中に絞るかもしれないじゃない?そうすると一気にその前の選手へのルートがあくよね。もしヴィニシウスついて来なければ中で受ければいい。これ何年か前にグアルディオラっていう世界一の監督が見つけたんだけど、同じこと見つけたじゃん!大発見よ!笑」

「SBが低い位置でボール引き取りに来ることもあるよ!」

高さを下げる時のブラジルは442。クロアチアは⓫ブロゾビッチ、❽コヴァチッチ、➓モドリッチが入れ替わりながら細かなボールの出し入れ、大きなサイドチェンジで的を絞らせず''チェーンを切っていく''。戦い方の幅広さこそクロアチアの強さである。しかし高くポジションを取ったSBを起点にクロスからの攻撃を試みるも点の匂いはしない。一方ブラジルもクロアチアSBが空けたスペースを突いてカウンターに出るも残念そこはグバルディオル!&リヴァコビッチ!と中々好機を生かせない。

「中々点に繋がらないブラジルだけど、ゴールに迫る形はいくつもあるのよね。例えばこれボールを持ってる選手の左側の選手が内側に向かって走り始めてるのよね。ここで動画止めるね!さて、5秒後には何が起きたでしょう?」

「むずっ!」


「おーほぼ正解!実際は内側に走った選手にSBがついていって、外のレーンが空いたのね。そこにSBが走り込んでパスを受けたのね」

「すげぇ」

「だから一見パスもらえなくて無駄に見えるランニングも誰かを助けたりするのよね。実際の生活の中でもあるじゃん?そういうこと。でね、起きた現象のその先まで想像できるようになるとさもうみんなはちゃんとサッカー楽しめてるのよね!凄いなぁ!」

ブラジルは延長前半、子ども達が練習しても上手くいかなくて何度もチャレンジしたワンツーからネイマールが先制した。ブラジルはあとは時間を進めるだけのゲームだが、クロアチアのロングボールを警戒して蹴らせないように前から出ていく。全体的に前掛かりになり、延びたスペースに配球を許して同点ゴールを許した。

PK戦に持ち込まれるともうクロアチアの土俵。リヴァコビッチには全てが見えているようだし、クロアチアの選手達はスタバでコーヒー飲んでる時と同じような精神状態で真ん中に蹴り込んでくる。

リスクを最小限に抑えPKに持ち込んで勝利を手にする、あっぱれクロアチアである。

セレソンを語るにはあまりに彼らのことを知らないし、わかったような口を聞くにはゲームの分析も上手くできなかった。それでも後半明らかに守備の強度が落ち始め、戻れなくなってきた。フラフラっと前に出て行ってしまう選手が出てきた。ちょっとした気持ちの部分に大きく左右されるW杯。踊るセレソンの自尊心の裏には自信とは隣り合わせのちょっとした気の緩みのようなものも感じたのだ。

「W杯、楽しかったですね。またサッカーが好きになりました」

そんな子ども達をたくさん作ることができた。そういう意味では僕もまた日本サッカーに貢献したのかもしれない。ここからまた4年間、僕は僕でちゃんとサッカーと向き合っていきたい。新しい景色を見るために。









新しい景色










新しい景色


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