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僕とソフトテニス

運動は楽しいものです。記録が伸びると楽しいし、仲間と協力して点を取ることも、競い合うことも楽しいです。できるようになるために、自分なりにあれこれ考えて努力することも楽しいですし、そもそも体を動かすこと自体が楽しいのです。上手くなることを選ぶ、ならないことを選ぶのも自由。上手くなくても楽しめるからスポーツは長いこと世界中で愛されてきたのです。こんな時代だから見て楽しむも、支えて楽しむも全然あり。保健体育は、そんなたくさんの楽しさからできている教科です。もし嫌いになってしまうとしたら誰かとの比較の中で、できるかできないかだけが楽しめるかどうかを決める基準になってきてしまったからなんです、きっと。みんなの''好き''が奪われないようにみんなで守っていきましょう。本当はみんなの''楽しい''を切り取って観点に当てはめて評価をすることもしたくはないんですが、みんなの現在地を伝えてみんなのこうなりたいをサポートするのが僕の仕事なので、ごめんね。

たまに、「私は才能がないのでできません」とあきらめてしまう人がいますが、きっとそんなことはないんだと思います。運動は少しのコツと、なんとか続ける力があれば必ずできるようになります。僕にその力が無くても、友達やiPadが何とかしてくれます。そうiPadならね。獲得までに掛かる時間の短さをもしかしたらみんなはセンスなんて呼ぶのかもしれないですが、それ多分磨くことができます。初めての運動に出逢った時の''上手くなり方''ってきっと学ぶことができます。先生が怒りながらいちいちフォームの修正を掛けることだけが唯一の上手くなり方ではないですからね。どんな運動にも勉強にも応用できる自分で考えてなんとかする力を今回はソフトテニスを通して学んでいきましょう。

そんな言葉を送り単元を始めました。保健体育がきつくて辛い時間になってしまっているのならそれはもったいない、なんとか良い時間を過ごしてもらいたいそんな思いで子ども達と向き合っています。

初めて出逢った子ども達との最初の単元はソフトテニスでした。初めての子ども達に僕自身も初めてやる単元、''はじめまして''に出逢った時にその運動の本質をどう捉え、どう学びの機会を提供することができるかは僕がこれまで獲得してきた知識や経験の総和、つまりセンスなんだと思います。今回は僕が行ったソフトテニスの単元をまとめてみます。初めてが故にやりながら気づいた失敗、初任のパートナーに授業を見てもらってもらったフィードバックもたくさんある単元だったのでそこも含めて何かの参考になれば嬉しいです。是非ひと夏の思い出にご家族でご覧ください(ここでトップガンのテーマを流す)

はじめに

教科書のない体育では学習指導要領をその拠り所に、教師のオリジナリティで授業を構成し、学習指導要領が示した目標を達成していく必要があります。

ネット型【知識及び技能】
ボールや用具の操作と定位置に戻るなどの動きによって空いた場所をめぐる攻防をすること

という目標を基に・・・

学習指導要領より

という内容で授業を作っていきます。

うん、ざっくり。

一応、動きの例示もあります。

うん、ざっくり。

相変わらず拠り所となるものが少ない分、ここをどう解釈して授業として組み立ていくかに教師の色が出てくるんだと思います。

ソフトテニスの単元のテーマ

以前もお話したことの再放送ですが大事なのでもう一度(大人が何度も同じ話をすることを子どもが再放送って呼んでるのめっちゃおもしろかったのでみなさんも使ってください)保健体育の評価は3観点。『知識及び技能』『思考力、判断力、表現力等』『学びに向かう力、人間性等』の内容をバランスよく学習させることが大事なわけですが…小難しいことを言っても子ども達はわからないので毎回すべての本質となるような目標を伝えます。今回のソフトテニスの単元はこれだけ。

『どんな状況でも自分が一番気持ち良く打てる状況を作ろう』

です。はい、相変わらずのざっくりな感じが僕らしい。

僕が今回のソフトテニスの単元10時間の授業の中で取り組んだのは、チームスポーツよりも自分自身と向き合う側面の強いソフトテニスにおいてどのようなアプローチでスキルを獲得しに行くか?の真新しさへの挑戦でした。

ポルト大学で運動学習理論を学んだ植田文也さんのエコロジカルアプローチのセミナーを聞いた時に、従来通りフォームに対してコーチングする中で修正を掛ける伝統的コーチングと、あらゆる制約だけを設けて後は自由に探索することを促す制約主導型アプローチとでは後者の方が望ましい学習効果を得られるという話を聞き、筋肉や骨格、運動のくせの異なる35人に画一的な指導を施す難しさを感じていた僕は制約だけ設けて後は自己組織化(自分にあった運動パターンやコーディネーションパターンが生まれてくる)を目指した方が良いのではと思ったわけです。もちろんたかが10時間程度の単元ではスキル獲得、または保持にその学習効果の違いを見出すのは難しいとしても、言われたことをただ盲目的に行った10時間と、自分で考えて取り組んだ10時間とでは学びの残り方以上に、学びの楽しさの残り方が違うと判断して制約主導型アプローチを授業のメインに単元を進めていきました。

単元の目標『どんな状況でも自分が一番気持ち良く打てる状況を作ろう』はあらゆる制約また、ボール状況においてもステップを整えたり、タイミングを変えたりしながら自分にとって気持ち良く打てる状況、フォームを選べるようになる、またそのようなスキルの獲得のためにあらゆる手段を使って思考を働かせよう、そんな意味合いを込めています。もちろんラリーを続けるためにはそれぞれが気持ち良く打てることを求めた結果それが相手の打ちやすさにも繋がるんだと伝えました。

1時間目「ジュ・ド・ポームに挑戦しよう」

単元の1時間目はテニスの起源に迫ります。教科書を読んでテニスの起源を調べ・・・ることはせず、テニスの起源となった素手でボールを打ち合うジュ・ド・ポームの体験から始めます。グラウンドに線を引きソフトテニスボールを打ち合います。「昔は羊の毛とか袋に詰めてボールにしてたらしいよ、痛いじゃん?それにもっと速い球を打ちたかったりするわけよ」「だからラケットが登場したんですか?」「詳しくは知らないけど、そうなんだろうね。ギアの進化は今も昔も人間のもっとこうなりたいと共にあるだろうから」「なるほど」「あとはスポーツがスポーツとして普及していくためには何が必要?」『ルール?」「なんで?」「なんか国によってルールそが違うと揉めそうだからですか?」「そうよね、うちの村ではワンバウンドまでOKだけど、うちの村ではボレ
ーじゃなきゃダメみたいな感じだと揉めそうよね、そうやってルールみたいなのはできていくんだろうね。ルールっていうのは国を超えた言葉以上に共通言語なのかも・・・言葉以上に共通言語・・・かっこよくない?どう?」「やり過ぎっす」そんな話をしながら手のひらで打っていたボールをラケットに変え、そこに少しずつバウンドの制限や使える手の制限、ルールを加えていきました。

起源を知ることもスポーツの楽しみのひとつよね。
元々は源流が似てるスポーツってたくさんありそうね。

2時間目「スモールサイズラリーに挑戦しよう」

2時間目はとにかくあらゆる制約を与えてラリーを楽しみました。

①ピンポンラリー★
 ネットから2mずつ離れて行う。必ずワンバウンドさせなければならない。
 →ワンバウンドの制約をつけることでバウンドに合わせてステップを整える必要がある。

②しりとりラリー★★
 しりとりをしながらラリーを行う。途中「ん」に加えて「さ行終わり」制限をつけるなどして複雑性を加える。
 →ラリーとしりとりのマルチタスクの制約を与えることでプレーの速度を落とし、ラリーを丁寧に行わせる。

③3の倍数だけボレーラリー★★
 ワンバウンドでラリーを行い、3の倍数だけボレーで返球する。
 →ボレーの練習に加え、ボレー前のボールをどうするか考えて返球するようになる。

④ナンバーラリー★★★
 打つと同時に利き手と逆の手で数字を出す。相方は返球と同時にその数字を答えながら利き手と逆の手で数字を出す。
 →見ることにフォーカスすることで相手の位置、スペースを認知させる。またラリーを続けようと思うと自然と時間を作るためにロブを誘発できる。

振り返りで子ども達が課題として捉えるものの多くはラケット操作の記述でしたが、僕は多くの子ども達が抱える課題はラケット操作の前の「バウンドに対してステップを整えられない」ことにあると思いました。「詰まってしまって、きゅうくつに打つ」何人かがそう表現するような。ソフトテニスに限らず、ボールと自分との距離感が悪い、は現代の子ども達が抱えるボールスポーツ共通の課題なんだと思います。エラーが起きたその瞬間だけを課題と捉らえるのか、その前の準備段階から課題と捉えるのか、授業の終わりにはエラーの捉え方の話をしました。準備こそすべてだってね。

自分とボールとの距離感めっちゃ大事。
「ボールとの距離が詰まる」凄くわかるよその気持ち!
縦と横の間隔を空ける、オリジナルな言葉で好き。

3時間目「制約ラリーに挑戦しよう」

今回の単元でネックになったのは3コートを35人で回すという人に対する活動スペースの少なさでした。なるべく多くボールに触りたいとなると2時間目のようにスモールサイズでたくさんボールに触るようなアクティビティが必要だと考えましたが、足を動かさなくても解決できてしまうようなアクティビティが多くバウンドに対してステップを整える機会が作りづらいことに気づきました。そのため3時間目は2グループで1コートを使い順番に打っていくオーソドックスなラリー練習の後、制約を設けてラリー練習を行いました。回ってくる時間の少ない分、1回のプレー時間の中にどれだけ考えなければいけない刺激を入れられるか?は僕らの腕の見せ所ですね。

授業の終わりは40秒1セットでハーフコートゲームを行います。獲得したスキルの段階に応じて埋めなければならないスペースを少しずつ大きくしていきます。

色んなことを考えなければならない制約はおもしろかった
みんなイメージを絵にするの上手

4時間目「ロブ研究」

ここからは毎回1つテーマを決めてフォームの分析を行います。ロブのフォームを分析したい時にただ「ロブを打とう」という指示だけだと難しいため、コート内に「ここを超えてバウンドする」エリアを設けることで自然とロブが生まれる環境設定を行います。

「上手くなるためなら何を使っても良いよ」と伝えました。目的を達成するために必要な方法を自分で選ぶことができる、情報であふれる現代を生き抜くために必要な力を保健体育を通して身につけていく、これも僕の授業のこだわりです。iPadを使って動画分析を行う者、ググってみる者、テニス部の友達からフィードバックをもらう者、こういう力って勉強にも生きますからね。ちなみに僕がこの時間に喋ったのは授業前の「昔、何でも持ち込み可の京大のフランス語のテストでみんなが辞書とか持ち込む中フランス人持ち込んだ人がいたって話めっちゃ好きでね。そういう発想大事よね。じゃあはじめ!」だけです。

分析のレベルが高い!
ビフォーとアフターの違いがきちんと整理されるとパフォーマンスは上がるよね。

5時間目「シュート研究」

やり方は前時と同じですが、制約が絶妙だったので紹介しますね。「当てたくなる」ちょうどいい難易度設定でした。

そしてみんな自分の感覚を言葉にするのが上手くなってきました。言語化が上手くなると自分のパフォーマンスの再現性が高くなるだけでなく、友達へのアドバイスの質が上がります。保健体育は数少ない自分の感覚を言葉にする授業だと思うのでそういう学習にも力を入れたいです。

細かなエラーまで分析できるの良き。
タイミングがいつなのか言葉にできるのは良いよね。

6、7時間目「ファーストサーブ研究」

サーブの研究はサービスコートに入れるというソフトテニスのオリジナルの絶妙な制約があるので特別な工夫はしませんでしたが、テニスの中で唯一のクローズド・スキルなので子ども達はこれまで以上に自分の感覚とパフォーマンスのズレの修正に夢中になっていました。当初1時間のみの設定でしたが、あまりに子ども達の学びが加速してきて途中でやめてしまうにはもったいないと判断したのでもう1時間追加をしました。ボール投げ、バレーのサーブ、バドミントンのスマッシュなんかにも言えることですが、やはり今の子ども達は運動連鎖に課題があって肘を引く動作から、肩より上の高さでそれを回して前に持ってくる動作が省略されてしまうため手の出方がおかしいというほぼほぼ共通のエラーを持っています。僕はそんなことは教わらずとも小さい頃からそれができたので、やはり運動経験が変わってきているんだと感じる今日この頃です。でも今の子ども達の方ができることだってありますから「今できないのはセンスがないんじゃなくて経験がないだけなんだよ」ってのは伝えます。

''肘を回すように''の感覚を持てる子がもっと増えると良いなと。

8、9時間目「ラリースキルテスト」

この2時間は到達度を測るためのスキルテストを行います。3コートのうちセンターコートだけをテスト会場にして後は必要な場所で必要なことを選んで練習して欲しいという指示だけを与えます。スキルテストの内容はシンプルに1分間で何回ラリーが続くか?、そして動きの質は僕が見ます。ロブだと安定するけど数は稼げない、シュートだと数は稼げるけど難易度は高い、ペアで協力しながら目標を目指します。2時間の中で何度テストを受けても良いとし、その度にフィードバックをします。グラウンドで練習をする者、壁打ちで練習量を増やす者、iPadで分析をする者、時間の使い方はそれぞれです。

10時間目「ゲーム」

最後はゲームで単元を終わります。3コートしかないので2分回しでひたすらゲームをします。空いている時間の使い方が秀逸で、オリジナルのゲームを作る者、課題練習に取り組む者など様々です。ゲームのクオリティは初めから比べると桁違いに上手くなりました。となるとです。これが制約主導型アプローチのおかげと結論付けてしまうには少々材料が弱いですが、少なくとも毎回楽しみながらプレーする機会、それに伴い起こる思考機会を確保できたという意味では僕があれこれ言いながらフォームの修正をかけることに耐えられずソフトテニスが嫌になってしまって上手くなる機会を奪わなかったアプローチは成功だったのだと感じます。「これぐらい上手くなれればいいかな」は優に超えてきたので。

そうそう、体育ってそういうもんよね。失敗したって良いのよ。
テニスを通して学んだことはきっと競技を超えて人生の糧になるはず。
あぁめちゃくちゃ大事よね、これよこれ。

おわりに

僕らは単元の構想を立てる時に経験があるほどある程度の未来が見えるようになります。どのくらいの力が身について、元々の力からどこまでならできるようになるのか。ただ、何がきっかけになって、どんな言葉が響いて急にパフォーマンスや取り組みの量、質が変わるのかは僕レベルではまだわからないのです。だから、何が効くかわからないからこそ毎回たくさんの刺激を用意したい、それが今回制約主導型アプローチに踏み切ったきっかけでもあります。子ども達はちゃんと上手くなりました。そして上手くなりにいくためのプロセスがとてもとても上手でした。”はじめまして”に出逢った時、過去に何かができるようになった経験や獲得に至るプロセスは自分を支えてくれます。WBGTの値が高すぎてあえなくテニスの単元を途中で打ち切って卓球に変更した時に子ども達が言ってくれた「やったことないけど、できそうな気がします」は間違いなく子ども達が今回の単元で身に付けた何よりも大きな学びなんだと思います。これから先、正直テニスができるかどうかは生きていく上でさほど大きなアドバンテージにはならないと思うのです。それでも上手くなることを目指したその試行錯誤の時間は間違いなく人生のアドバンテージになるんだと思います。
みんなよく頑張ったね。

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