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具体と抽象の話


「やまだくん、社長が回転寿司に行ったことがないらしくて、回転寿司がどんなところか説明してほしいらしいんだけど」

「いるんですか?今時回転寿司行ったことない人なんて」

「いるんだよ、回転寿司行ったことない人が今時。しかも、社長お忙しいから30秒しか取れないらしいんだけどいける?」

「いるんですか?1日24時間もあるのに30秒しか時間取れない人なんて」

「いるんだよ、30秒しか時間取れない人が、1日24時間もあるのに」

………
……

「社長、失礼します。ただいまお時間よろしいでしょうか」

「おお、やまだくん。30秒だけならね」

「いらっしゃるんですか?1日24時間もあるのに30秒しか時間取れない方なんて」

「いるんだよ、30秒しか時間取れない人が、1日24時間もあるのに。で、その貴重な30秒を何に使うんだい?」

「はい、回転寿司の説明をさせていただこうかと」

「30秒しかないのに?」

「え?」

「え?」

「ではやまだくん、回転寿司とはどんなところなんだい?30秒で伝えてくれたまえ」

「では僭越ながらご説明させていただきます。社長は回らないお寿司屋さんにはよく行かれますか?」

「そりゃ社長だからね」

「社長ですもんね。回転寿司、社長が行きつけのお寿司屋さんで食べられるネタは基本食べれます」

「のどぐろも、中トロもか?」

「のどぐろも中トロもです。それに加えて…」

「加えて?」

「え、そんなもんシャリに乗せるか普通?みたいなものも乗せてきます、回転寿司というところは」

「普通乗せるか?…住民票、マイナンバー?」

「社長僕には時間がないんです。とりあえず何でも乗せます。そういうやつらです。ハマもクラも」

「ハマ?クラ?」

「あ、いったん大丈夫です、次行きます。回転寿司、とにかく安価です。1皿の相場が100円~200円です」

「それは安い」

「安いから色んなネタにチャレンジできるのも回転寿司の魅力です」

「高級な寿司屋なら1貫1000円は下らない」

「そうでしょう。でも安いなら例えば変わったネタ掴まされても、まぁ100円ならいっかってなる。仮にマイナンバーが乗ってたとしても!」

「マイナンバーは乗らんだろう」

「でしょうね」

「最後に回転寿司というぐらいなので、寿司が回っています」

「自転か?」

「公転ですね。色んな寿司が流れてくるんです。その中から気になるものをひょいっと取ればいい」

「ビジュアルで訴えてくるわけか」

「ビジュアルで訴えてくるわけです。流れてくるものを捕まえてもいいですし、気になるものをタブレットで注文するもアリです」

「便利だな回転寿司」

「便利なんです回転寿司」

「やまだくん、どうかね今度一緒に回転寿司に行かないかい」

「すいません、社長。その日は予定があります」

「まだ言っとらんよ、日を」

「失礼しました」

「回らない寿司は好きかね」

「はい、その日はちょうどスケジュールが空いております」

「君という人は…」

………
……

「(コンコン)失礼します」

「おう、すずきくん。」

「社長、失礼します。ただいまお時間よろしいでしょうか」

「30秒だけならとれるが、どうしたんだい?」

「はい、回転寿司の説明をさせていただこうかと」

「なんなんだい!流行ってるのかね。社長30秒回転寿司チャレンジがtiktokとかで」

「社長回転寿司チャレンジ…と言いますと?」

「もういい!で、回転寿司には何があるんだね!」

「はい、では説明させていただきます。回転寿司にはですね、マグロにいくら、ホタテにたまご、エンガワ、ブリ、かっぱ、アジ、鉄火、うにやサバ、サラダ軍艦なんかもありますね。それにからあげやカルビ、サーモンの上にアボカドなんかが乗っていたりもします。茶碗蒸しやポテトフライのサイドメニューも充実しておりまして、おまけにデザートもケーキ、パフ

「ちょちょちょ…30秒しかないのに!?」

「え?」

「30秒しかないのにそんなに具体で攻めるのかと言っているんだよ」

「具体的な方が伝わるかと」

「きりがないだろう、それじゃ。もういいかねすずきくん」

「あ!社長!」

「なんだね」

「うにもあります」

「さっき聞いたよ、うに」

「失礼しました」

「もういい、やまだくん、すずきくん、そこに座りたまえ」

………
……

「別に私は回転寿司に興味があるわけではない。そんなものは調べればいくらでも出てくる」

「ではなぜ?」

「君達が何か物事を伝える時に何を意識して伝える人なのかを試してみたかったのだよ」

「何を意識するか?」

「具体と抽象の話と言えばいいか」

「真鯛と中トロの話ですか…」

「君、寿司の話は1回忘れてくれ」

「失礼しました」

「君達は中学生の頃の校長先生を覚えているかい?」

「そうですね、話が長いおもろない人でした。集会には必ず犠牲者を伴います」

「そうなのだよ。校長先生は話が長く、何を言っているかわからない人でないといけないと考えられた時代があったのかと思うぐらいに、そういう傾向の人が多い仕事なのかもしれない」

「ポジションによる権力を前提に話ができてしまう分、何を話しても受け取ってもらえるそうな背景から話が磨かれないというのもあるのでしょうか?」

「そういうこともあるだろうな。校長先生の話は1つの例に過ぎないが、得てして、偉い人の話、子どもを相手にした大人の話は同じようなことが言える」

「なるほど、気をつけなければ」

「やまだくん、逆に好きだった先生はどんな人だったか覚えているかい?」

「そうですね、話がわかりやすい先生がいました。その先生の話はおもしろくてつい聴き入ってしまいましたね」

「わかりやすさ、もうちょっと詳しく聞かせてくれるかい?」

「はい。わかりやすさの源泉は、『要するに何が言いたいのか』が見えるところにあるんだと思います。話の全体像や構造の理解が優れている人なのでしょう。何が木の幹で枝葉なのかを掴む力がある」

「複数の情報から本当に必要な情報を抜き取る力、共通点を見つける力、そんなとこかね」

「そうですね、本質を捉らえる力とでもいいますか。そこが優れているから、入ってくる。何の話をしているのかがよくわかる」

「具体と抽象、どちらが良くてどちらが悪いという話ではない。その順番と濃淡が大事という話だ。何かを説明する際に全体像が掴めないまま具体的な話ばかりすると、理解が追いつかないことがあるだろう。抽象度が高過ぎても、結局何をすればいいのかわからないなんてことが起きる」

「抽象度が高い、曖昧なことばかり言う先生がいました」

「そういう話を聞いて子どもはなんと言うか知っているかい?」

「なんて言うんですか?」

「『深いですね』と言うんだ」

「なるほど」

「きっと話者自体も先を考えられておらず、抽象や曖昧に逃げるその姿勢を子どもは無意識に読み取って浅いと感じる。そして浅いと感じることほど、深いと言ってその場を凌ぐのが子どもなのだよ。話の伝わらなさを本当は不快だと感じているのに」

「深いですね」

「やまだくん」

………
……

「では社長、私たちはどうすればいいのでしょう?」

「そんなに難しいことではない。まずは、話には伝わりやすさみたいなものがあるって理解に立つといいだろう」

「伝わりやすさ?」

「例えば話の構造、順番の話だ」

「ピラミッドストラクチャー的な話ですか?」

「『今から話すのはこんな話です』『社長大変なことが起きてしまいました』『こういうシステムを導入しようと思ってます』まずはこうして大枠や方向を見せて議論の土俵に皆を乗せた後、少しずつ具体、ディティールを見せてくれる人は話が上手だと感じるな」

「確かにそうですね。頭は良いけれど、話が下手な人ほどその人の頭の中で繰り広げられる具体ベースで話を進めがちなイメージです」

「コミュニケーションは一方通行ではいけんからな。そういう人を頭が良いと呼んでいいかもいささか疑問ではあるが」

「あとは、例え話が上手な人も話上手だと感じます」

「皆まで説明しなくとも、相手の既知情報や既存のイメージに委ねて話をする人だな。例え話が上手な人は構造の理解に優れているから、共通項を探すのが上手い」

「小学生のサッカーの指導をしている時にラインアップとだるまさんが転んだの構造は同じだと説明したら上手く伝わったことがあります」

「相手の経験や知識量を見てキャパシティを覗けるのも大人の役目であるな」

「なんでもかんでも伝えたくなってしまいますからね、大人は」

「まぁあとは言葉を知っているということは必要であろう」

「語彙が足りない人はいますね」

「言葉を知らないのと、平易な言葉を選んで使うのとでは天と地、平野紫耀とカレーパンほど違う」

「え?」

「いいのだよ、触れなくて。で、類義語でも内包できるビミョーなニュアンスの違いが伝わりづらさを生む。その時々で伝えたいニュアンスをバシッと捕らえる的確な言葉を使うための訓練は日々必要であろうな」

「深いです」

「やまだくん」

「あとは…」

「社長、ちょうど30秒です」

「そうか、今日はありがとう。今度ゆっくり回転寿司にでも行って話をしよう」

「すいません社長、その日は予定があります」

「やまだくん」



















「やまだくん
「なんでしょう社長」
「これ読むのに10分かかるよ」

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