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非正規社員雇用契約と定期借家契約の相似性

正社員と非正規社員の格差問題に関するニュースを耳にする度に思い出すのが、賃貸不動産の世界において普通借家契約と定期借家契約が併存している状況です。

企業の雇用問題と不動産賃貸業は一見無関係に見えますが、労働市場において非正規雇用が拡大した背景と不動産賃貸市場において定期借家契約が誕生発展した経緯は以下の通りとても似ているように感じます。

1. 先ずは、会社や大家は「強者」だが求職者やアパート等の賃借人は「弱者」であるという大前提が定義付けられる。

2. そして「弱者」は守られるべきということで、立法や判例という形で「強者」を牽制する強い規制ができあがる。

3. そのような規制により「強者」の活動(企業による正社員採用や大家による不動産賃貸)は停滞しがちとなる。

4. 経済活動の停滞は景気全体に悪影響を及ぼすので、結局守られるべき「弱者」をも傷つける結果となる。

5. 斯様な状況改善のために新しい制度が作られて、旧制度と複雑怪奇な形で併存していく。

ちなみに弱者を守るための規制として現在判例的に確立している「会社からの正社員解雇の要件」と「大家からの賃貸契約更新拒絶の正当事由」は共に偶然にも「4要件」とされています。

まず、整理解雇の4要件を目次的に並べると、①人員整理の必要性 ②解雇回避努力義務の履行 ③被解雇者選定の合理性 ④解雇手続きの妥当性、です。

また普通借家契約における更新拒絶の正当事由の4要件は、①別利用する正当性 ②従前の経緯 ③利用状況 ④財産上の給付、となっています。

それぞれの項目についての詳細な説明は割愛しますが、要は「いったん正社員化したり、家屋(や土地)を貸してしまうとリセットするのはかなり大変」ということです。

一方、雇用されている側や不動産を借りている側は、なんたって「弱者」ですから、会社を辞める時やアパートから退去するのに正当事由(という「モラル」)など一切法的に求められません。

「自分探しの旅に出る」の一言で、何のペナルティを課されることもなく会社を辞めてアパートを退去することが可能です。

いずれにせよ、弱者保護規制による経済活動停滞を打開するための「必要悪」として出てきたのが労働市場に於ける実質的な非正規雇用常態化への法整備であり、賃貸不動産市場において出てきたのが定期借家・定期借地権制度です。

どちらもビジネスライクに期間(雇用期間、賃貸期間)を含む各契約条件を交渉して合意できるのですから、「強者」側の注目度も高く、またそのスタイルを敢えて好む、またはそれに応じる以外の選択肢がない「弱者」もある程度は存在しますので一定規模に成長したのは当然の帰結です。

そして近未来を展望しても、抜本的な制度の見直しは「弱者保護」のお題目を撤回する可能性は政治的にあり得ない一方、経済を回さない訳にもいかないでしょう。

よって正社員解雇や貸主更新拒絶に必要な「4要件」が消えることもなく、一方で非正規雇用契約や定期借家契約が衰退することもないでしょう。

これからも両者は関係当時者と行政当局の「本音と建て前」のはざまの中で併存していくのです。

まさに「屋上屋を架す(おくじょうおくをかす)=”屋根の上にさらに屋根を架けるという無駄なことをするという例え”」という諺そのものです。

追記:

対峙する当事者双方が納得いくよう新しい枠組みを労働市場や不動産市場にどう作れば良いかというユートピア議論に関して私はほとんど興味がありません。

その理由は自然の進化に逆らう規制が何らかの副作用を伴うことは当然の帰結であり、その完全無欠な両立が不可能なことが自明だからです。

よって私の興味はあくまで一個人の立場から、私の顧客や私自身がこの与えられた現実の複雑怪奇化したルールをどうしっかりと読み取り、どうすれば個々の最適化戦略を取ることができるかを考えることに尽きるのです。

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