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アレックス・チルトンと西荻窪のカレー屋

部屋の整理をしていたら、懐かしいものが出てきた。
1994年にBIG STARが来日した時のチケットの半券である。
どちらかといえば断捨離派なのだが、度重なる引っ越し時も捨てられることなく、なぜか今手元にある。

BIG STARとはアレックス・チルトンという人物を中心としたアメリカのバンドである。
1970年代にデビュー。
多くのミュージシャンに影響を与え、特に1990年代活躍したオルタナバンドに支持された。

来日のライブで思い出せるのは、渋谷のクラブクアトロで行われたこと。
4人編成で、サポートメンバーとしてPosiesの2人が参加していたこと。
「Jesus Christ was born today」という歌詞の曲。
ライブ終了後、入り口から出てくるアレックス・チルトンと握手をしたこと。
ただでさえ記憶力が悪い私にしては上出来だ。
それも20年前のことを。

BIG STARは名前に反して、地味な見た目で大きなヒットも無い。
しかし、そのメロディは20年経った今でも口ずさめるほど光るものだった。

話は変わり、朝のラジオ番組で、今はもう無くなったリスナーの昔の思い出のお店を調査するコーナーがある。
それを聞いていると、ふと思い出す店がある。
店の名は「HUGE」。
西荻窪にあったカレー屋だ。
今から10数年前にご主人の体調の関係で閉店されたと聞いている。

カレーは何種類かあり、どれも独特だった。
あれから10数年間、様々なカレーを食べてきたけど、似たカレーを食べたことが無い。
もちろん、独特なだけに賛否あり、はまらない人には全くはまらなかった。
私はどはまりした。
当時の住まいはかなり離れたところだったが、積極的に通っていた。

カウンターの中でご主人が鉢のようなものでスパイスを調合しており、その時初めて花椒というものを知ったことを思い出す。
ココナツ+海老のようなスタンダードなものもあったけど、スパイスの配合具合なのか、どこか薬膳を感じさせ、ジンワリとカラダが温かくなり、食前・食中・食後を通して確かな満足感が得られた。
決して本流ではなかったものの、多くのファンがいたようで、閉店時にはファンが殺到したとか。

私の中ではBIG STAR(アレックス・チルトン)と「HUGE」はどこか同じ匂いがする。
派手さは無いものの、なかなか忘れがたい個性。
ありそうで無い独特の世界観。
どこか飄々とした佇まい。
そして、そんな佇まいに反するように「BIG」「HUGE」という名前を付けるところ。

アレックス・チルトンはもう9年前に亡くなっている。
生きていれば69歳、来日時は49歳だったということだ。
不思議なもので一度でも会って握手を交わしていると、遠い世界のミュージシャンとは全く印象が異なるもので、「あの人はもうこの世にいないんだ」という心持ちになる。

そして、HUGEの店主は今どうしているのだろうか?
あの時、席を並べて食べていたファンの皆さんは?

想い出は常にアップデートされ、少ないメモリは次々と上書きされる。
でも、こうやって折に触れ思い出し、懐かしんだり、寂しく思ったり、ちょっと嫉妬を覚えたり、ある種の感動を未だに与えてくれる、ちょっと凸凹した個性に出会えたことは、些細なことのようで、本当に大きな出来事だったと思う。

そして人生も半ばを過ぎて、これから先、果たしてどれだけのめぐり逢いがあるのだろうか。
星の数ほどある感動の中でも、ひときわ大きく輝く星のような、そんな感動に出会うまでは、もう少し日々を丁寧に送ってみようと、そう思う。

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