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お薬のお話〜下咽頭がんと診断されたら?抗がん剤はどこまで効果があるのか?ハイパーサーミア(温熱療法)の可能性について

こんにちは!

今回は少し私事でもありますが、がん関連の記事を書いてみます。

下咽頭がん(以下、頭頸部扁平上皮癌に関してはHNSCCと記述する)は一般的にタバコやアルコールの過度な常用によるものが原因と言われている。またはヒトパピローマウイルス(HPV)による感染によるものが原因であることもある。

声が枯れたりすることで早い段階で気づくこともあるが、気付かれなかった場合、呼吸しづらくなり、最終的には物理的に気道が狭くなるため気管切開で早急に対処することもある。


Daniel E. Johnson et al(2020) のFig.1を一部改変. 

下咽頭がんは発見されるのが遅れる場合が多く、ステージ4くらいを想定して記述していくが、
その5年生存期間は、年齢・解剖学的な部位を全て入れて1992~1996年の55%から2002~2006年の66%と延びた1)。
※論文によってはここ50年、治療法が良くなってきているものの生存率50%前後であまり改善が見られないという見方もある

具体的な治療方法は、原発腫瘍が小さい場合、切除または放射線治療で80%以上の完治が見込めるが、そうでない再発のリスクやリンパ節外への浸潤、手術ができないなどの制約がある場合、シスプラチンを用いた化学療法と放射線治療の併用が生存率に直結する1)。

手術なしの場合、3週毎のシスプラチン100mg/m2単剤投与で3年生存率37%、
シスプラチンの高用量投与に耐えられない方(聴覚障害や腎障害あり)には40mg/m2を週1投与でもシスプラチン高用量投与と同等の効果が得られると考えられている。

複数の化学療法はシスプラチン高用量投与と比べて生存率の改善には寄与しないが、気道閉塞が著しい症例や放射線治療が不能な症例において客観的な改善割合は高い。

比較的最近の治療である免疫チェックポイント阻害薬の治療成績も見てみよう2)。
再発または転移ありのHNSCCでの無作為化オープン試験の成績ではあるが、

FP療法(5FU・シスプラチン)+ペムブロリズマブ  vs  FP療法+セツキシマブ
では、ペムブロリズマブ併用群で生存率を有意に延ばした(13ヶ月vs 10.7ヶ月;HR0.77, p=-0.0034)

その効果量は、2ヶ月ちょっとの生存期間延長 であるが、

治療費用も考慮すると、セツキシマブ併用群で19万2400円、ペムブロリズマブ併用群で43万9800円、つまり、いくら”新薬”と持て囃されているとはいえ、1回の治療だけで差額の約25万円を払って2ヶ月ちょっと生きるのを買うのである(高額療養費制度適応で自己負担額はもう少し安くなるが、安くなった分は税金で補完されるので結果的にそれなりの費用が社会全体のコストとしてかかっていることに変わりない)。実際は繰り返し何クールか投与すると思われる(論文の要旨だけでは投与期間は不明)。

治療費用は、170cm 60kg(体表面積1.73m2)として、2024年5月時点の薬価で計算(読み飛ばして良いです)。
ペムブロリズマブ100mg/瓶 約21.5万円で治療に必要な量は3週間で200mg 43万円
5FU1000mg/瓶 770円 4日間投与で3080円
シスプラチン50mg/瓶 約3360円 100mgで6720円
セツキシマブ100mg/瓶 約20900円→400mgDay1で83600円
セツキシマブ500mg/瓶 約99000円 Day8,15で99000円

同時に、有害事象もチェックしよう

グレード3以上の有害事象は、ペムブロリズマブ単剤群で55%、ペムブロリズマブと化学療法併用で85%、セツキシマブと化学療法併用で83%。繰り返すが、グレード3以上の有害事象割合である。とても軽い副作用ではない。
結果的に、有害事象から死亡に至ったのが、ペムブロリズマブ単剤群で8%、ペムブロリズマブと化学療法併用群で12%、セツキシマブと化学療法併用群で10%である。いずれも約10人に1人と厳しい結果であった。

ステージ4のがんの診断を受けると生きるか死ぬかの選択に急に迫られる。
唯一の頼みの綱である化学療法も、有害事象まで併せて考えると、どこまで治療すべきか考えさせられる。

ここまで化学療法の効果がある程度分かったところで、ハイパーサーミア(温熱療法)の効果も見てみよう

まだ臨床への普及が完全ではないが、その歴史は紀元前3000年から続いている。
腫瘍の温度を装置を使用して39~45度の範囲で温めることで正常な細胞を傷つけずにがん細胞を死滅させたり、化学療法の効果を高める効果があると言われている。

再発または転移のあるHNSCCでは、
FP療法(シスプラチン・5FU)+放射線治療 vs FP療法+放射線治療+ハイパーサーミアでハイパーサーミアを併用した群でとても良い成績が出ている。

Min Kang et al(2013), Table2から改変.

1年生存率は化学療法+放射線療法群と差はないが、3年生存率、5年生存率どちらも有意に差がついた。5年生存率ではハイパーサーミアを併用した群で18%(50%→68.4%)も高い

副作用に関しては、湿性皮膚炎などの皮膚トラブルがややハイパーサーミア併用群で5.7%(化学療法+放射線治療のみで2.6%)と高いが、統計的な有意差はなく、重い後遺症や合併症などは5年間のフォロー期間で観察されなかった

私個人としては、ペムブロリズマブを追加して投与するよりは、ハイパーサーミアの併用を推奨したい。理由はわざわざ解説するまでもない。

ハイパーサーミアの可能性についてもっと知りたい方は、「統合医療でがんに克つ〜ハイパーサーミアの可能性 2022年1月号vol.163」を参照されたい。

リンパ節への浸潤があったり、転移がある例に関しては、完治が難しく、延命の治療になるのはどうしようもないだろう。

治らないと思うよりは、がんと共存しようという気持ちで残りの人生をどう過ごしたいか向き合う必要があるかと思う。

この記事がそれを考えるための一助となれば幸いです。

参考文献
1) Daniel E. Johnson et al. Head and neck squamous cell carcinoma. Nat Rev Dis Primers. 2020 Nov26:6(1):92.

2)Barbara Burtness, MD et al. Pembrolizumab alone or with chemotherapy versus cetuximab with chemotherapy for recurrent or metastatic squamous cell carcinoma of the head and neck (KEYNOTE-048): a randomised, open-label, phase 3 study. The Lancet VOLUME 394, ISSUE 10212, P1915-1928, NOVEMBER 23, 2019.

3) Min Kang et al.Long-term Efficacy of Microwave Hyperthermia Combined with Chemoradiotherapy in Treatment of Nasopharyngeal Carcinoma with Cervical Lymph Node Metastases. Asian Pac J Cancer Prev, 14 (12), 7395-7400.

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