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ユーザーファーストを愚直に貫くnanaの文原明臣

2013年9月出版の本書は、僕にとってエポックメイキングな書籍です。エンタメ分野の起業家と新規事業創出をしていくスタートアップスタジオStudio ENTREを始める原点でもあります。7年前のインタビューとその後の彼らの軌跡を追いながら日本の未来を考えます。
nana music Inc. 文原 明臣
1985年生まれ。兵庫県神戸市出身。2006年神戸 高専機械工学科卒業。学生時代に独学で歌を学び、 敬愛するStevie Wonderを目標にシンガーを目 指す。卒業後は歌とは遠く離れた別の道を歩むも、 音楽への想いは尽きることなく、より良い音楽の 在方を求めて2011年に nanaを創業。株式会社 nana music代表取締役に就任。nanaは「世界で 歌おう」をコンセプトにした iPhoneアプリを活用した無料サービスで、歌声を世界に共有することができる。

「We Are The World」に 感動したのが原点です


 ハイチ沖地震のときにアマチュアのアーティストが音頭をとって、遠隔で「We Are The World」を歌い合った映像を観て感動しました。音楽でつながれるのってすごいと思い、もっと簡単にできないかなと思ったんですね。これは作るのが 大変で、音源を集めなきゃいけないし、誰かがディレクションしてまとめて、数ヶ 月かかる作業になるんですね。それをもっと誰でもできるようになったら世界中 の人とセッションできる。その発想が nanaの原点です。

スティービーワンダーとモータースポーツの10代

 16歳、高校生のときに缶コーヒー FIREで使われていたスティービー •
ワンダーの「TO FEEL THE FIRE 」という曲に感動して、自分もブラックミュージックをやりたい、スティービー •ワンダーのように自由に歌いたいと 思って、ストリートなどで歌い始めました。
 歌でプロになりたいという気持ちはなくて、10代の頃は、モータースポーツでプロを目指しました。スーパーカートやフォーミュラに、レーサーとして参戦していました。
 最終的には諦めたのですが、このモータースポーツ時代の経験は、すごく仕事に役に立っていますね。レースのために資金を集めてきて、チームで力を合わせて頑張るんですが、結果を出すのは自分自身だし、やっていることって今と変わらない気がします。
 また、レースをやっていると、ある時、越えられない壁ができて、 0コンマ 2秒が上がらない時が来るんです。どんなに頑張ってもできないと嫌になるんです けど、ちょっと休んで、次の週に練習しに行ったらポンと越えられちゃうという 経験をしました。そういう経験をしたので一回暗闇に入りこんでもガムシャラにやったら乗り越えられるっていう気持ちを持っています。

iPhoneと出会って、音楽サービスをつくろうと思った

 音楽とITを本格的に意識したのは、iPhoneを初めて見た時です。音楽への思いは、ずっと持っていたのですが、iPhoneを買った時に、感じるものがありました。タッチパネルも新しいし、感覚的に使えて、しかも世界中とつながれるって、未来がやってきた感じがしましたね。
 これを使って、「We Are The World」を簡単にやれる方法はないか? 誰で も持っている iPhoneがマイクになったら世界と簡単につながれると思いました。
 これまでのパソコンを使って音楽をつくるのではなく、もう一つ上のレイヤー で音楽をもっと簡単にしたい。そのためには、技術がわからない人でも、感覚的 に使えるものを を使って作りたかったんです。
 というのも、実は自分はアコースティックで、弾き語りだったので、パ ソコンでレコーディングするやり方もよくわからず、 DTMのインターフェ イスも複雑過ぎるなと思っていました。若い女の子でも使いたくなるインターフェイスにすれば、もっと感覚的に使えて、誰でも音楽を発信できるのにと思いました。そういう意味でアナログ感覚で使えるようにして、音楽の敷居を下げたかったんです。

nanaユーザーは女性が 割強、その内の 割は 10代です

 実際、今の nanaのユーザーは63%が女性で、その内の8割は10代です。僕は、 ニコニコ動画をベンチマークしているのですが、ニコ動は難しくて使えないという若い女性がnanaを使っているという傾向はあるようですね。
 男性は20代以上でバンドなどをやっていたり、実際に楽器をやられている人たち。逆に女性たちは歌うことをメインに使っています。つまり20代以上の男性 ミュージシャンたちが作った伴奏トラックに10代の女の子が歌を重ねているのが主な使われ方になっています。若い女の子たちが音楽活動をしたいと思っても、 メンバー募集掲示板でなかなか飛び込めないじゃないですか。それが気軽に離れ た人たちとできるので、最近はオリジナル曲も生まれています。この前は会社とキャンペーンをしてオリジナルソングを歌おうっていうのをやったところ、120曲ほど投稿されました。新しい出会いをつくれている気がします。
 地域別で言うと国内が9割で、国外が1割。今後はこれを逆にしていきたいと思っています。本当に世界中の人たちと音楽でコラボレーションできるようにしたいと思っています。

誰でも簡単に世界中の人と音楽でつながるために

 もともと、nanaの仕組みを作るときに、世界に広げていきたいと思いました。 まだ自分はプログラミングやデザインのスキルはなかったのでお金はかかります し、ビジネスとして起業するっていうやり方がベストでした。サービス設計の基本は自分で考え、エンジニアさん、デザイナーさんにお願いしました。プランがまとまってきた時に、毎月東京に来て、テック系のイベントに出て、こういうことをやりたいからエンジニアさん、デザイナーさんを探していますって言っていたら、Twitterで見つかりました。他の人も知り合いの紹介ですね。 そうやって、4名集まったときに出資が決まって、資金的にもなんとかなりそうだと思い、東京に出てきて法人化しました。動きだしたのが 2011年の3月。 4名集まったのが2011年の11月ごろ。それから東京に住みました。
 ユーザーは着実に増えていますし、 代の女の子が使っているのは感覚的に使 えるようになっているのかなと。多重録音って、トラックを分けたマルチトラッ クで作ると思うんですけど。nanaは、どんどん重ね録りされる仕組みです。録音機の機能として捉えると不便に思うかもしれないのですが、感覚的には、これが使いやすいんです。
 簡単にするっていうことはお客さんの行動を読んでAかBか選ばせてるって ことですよね? 僕は、自分の中で仮説をたてて、それを検証するために世に出しています。例えば、エフェクト機能もonとoffだけで、細かな調整とかで きないようにしています。 今は、iPhoneだけなので、Android版も出して、世界中の人が簡単に、一緒に音楽で繋がる世界をつくりたいと思っています。

<山口の眼>
「音楽は国境を越える」と言ったら、いささか陳腐な表現になるけれど、 インターネットを活用すれば、海外の人とのコミュニケーションは、障害が ない。インターネットには、そもそも国境が存在していないとも言えるだろ う。クラウド化が進んだことで、ボーダーレスには拍車が掛かっているし、 スマートフォンの普及で、誰でも手軽にアクセスできるようになっている。
その環境を活かして、みんなが音楽で繋がるというのはロマンチックな 話だ。
 nanaのサービスをネットニュースで知ったときは、素敵なサービスだと 思った。以前、友人達と似たようなサービスの構想を練ったことがあった。 世界には、多くの人が知っているスタンダードナンバーがたくさんある。言 語ができなくても、同じ曲が好きというのは、人を結びつける磁力になる のだ。 年位前に、モンゴルでレコーディングをした時に、モンゴル人の若 いエンジニアと Radioheadの新譜の話で盛り上がったことがある。下手な 英語同士だったけれど、どういう音像に録りたいのか、すぐに伝わった。
メキシコ人のおじさんがギターを奏で、インドネシアのミュージシャン がキーボードを弾いて、日本人の高校生が歌って、一つの曲をレコーディン グするって、以前なら、どの位のお金と手間が必要だっただろう? それを nanaは、無料で、すごく簡単に実現してしまった。僕が知る限り、まだ 同様のサービスは海外にもない。
 文原さんは、愛されるキャラクターだ。関西風の飄々とした語り口だけ ど、発言内容や分析は鋭い。帰国子女や留学経験があるわけではないのに、 自然体で国際感覚を身につけている。カーレーサーや様々なアルバイトや、 人生経験が多様なのが、人としての幅になっているのだろう。
 パソコンが使えなくても、簡単に音楽がレコーディングできるというの は、概念としては珍しくないけれど、スマートフォンベースのサービスと して、しっかり落とし込むのは簡単ではない。これから nanaが、どんな人 達を繋いでいくのか、楽しみにウォッチングしていきたい。

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<2020年の山口の眼>
 このインタビューをキッカケに、nanaのアドバイザーをやらせてもらうことになりました。サービスとしてのグロースに多少は役に立てたと思います。著作権の処理やnana fesなどのイベントの企画など、nanaのフィロソフィーを踏まえたやり方をサポートしたつもりです。ただそれ以上に、ミーティングなどを通じて、ユーザーオリエンテッドにこだわり続ける文原くんのプロダクトオーナーとしてのスタンスに僕が勉強させられたことの方が多い気がします。スタートアップのCEOは自分が作ったサービスの一番のユーザーであるという基本スタンスを貫き続ける(=グロースハッカーであり続ける)姿は当然とは言いつつ、見事です。
 日本の大企業が提供するサービスを使ってみて不満なのは、ユーザー体験が大切にされない状態が続くことがあるからです。意思決定権のある人が毎日使ってない、このサービスには文原君みたいな人がいないんだなと感じます。サービスの基本を僕は彼から教わった気がしています。
 DMMグループの傘下になった判断には賛否両論あるでしょうが、サービスについては独立性を確保してもらっているようです。日本では10代で知らない人はいないサービスになりましたが、海外ユーザーを増やすことには苦戦しているようです。マネタイズシステムの確立による確実な収益化と並んで次の課題なのでしょう。nanaのさらなる発展に期待しています。
 まだ30代の文原君ですが、次世代の起業家育成にも前向きで、Studio ENTREのメンターもお願いしています。エンタメ分野の起業家育成でも連携していきたいです。

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モチベーションあがります(^_-)