世界の音楽ビジネスの変化は加速している。周回遅れの日本はどんどん遅れていくので、みんなで情報だけでもキャッチアップしよう!〜MusicTech Radar 2所感〜
毎日自宅でPCに向かい、オンラインで様々なコミュニケーションを取る生活にも慣れてきました。先週末に行ったニューミドルマンコミュニティのイベント「MusicTech Radar」も、ZOOMで行いました。ロンドンで活躍する知財弁護士山崎卓也さんを招いて、最前線のリアルな話を伺って、強く刺激を受けました。タイトルでは音楽著作権ビジネスと書きましたが、もう少し細かく言うと、録音原盤と音楽著作権とアーティストのビジネスに関する利害関係が入り乱れたコンフリクトが起きている現状についてキャッチアップできました。
山崎弁護士は、知財とスポーツに特化した弁護士事務所Field-Rを率いて、数々の「革命的」実績がある人です。職業柄、表には情報は出ませんが、プロ野球に労働組合ができた時、不公正な契約条件を変えることにも尽力しています。FIFAの裁定委員で唯一の東洋人です。音楽の分野でも坂本龍一さんの先駆的な動きは知恵袋として常にいました。僕も日本音楽制作者連盟の理事時代に、旧くなった仕組みを変えるために一緒に戦った同士でもあります。MerlinやMusicAllyという団体が日本に支部を持つきっかけもつくってくれました。国際的な活動をより本格化するために昨年からロンドンに拠点を移しています。
この日の内容は、ニューミドルマン・コミュ副主宰のワッキーが、ブログにレポをまとめてくれていますので、イベントの様子はこちらをどうぞ。
当日の進行資料はスライドシェアに置いておきました。
ここでは、ポイント毎に日本との比較も絡めて、所感をまとめます。
デジタル音楽サービスによる革新という意味では、日本は既に世界で3周か4周の周回遅れなので、どこを接点にして比較して話すのか難しいところです。2020年になってもまだ「本当にサブスク来るの?」みたいな事を言っている音楽業界人が少なくない日本の現状です。対して、音楽ビジネスの主要プレイヤーが、Spotify、Apple Music,Amazon,YouTubeという、グローバルに展開するストリーミング配信事業者になっていて、ビジネス構造が変化して生じたパワーバランスや、従来の仕組み矛盾に対して、立場の違いで軋轢(WARS)が起き、ルールの決め直しが始まっているのが欧米の状況です。ちなみに元々は海賊版、違法サイト天国で、ストリーミングのみで音楽ビジネスが組み上がり、その規模がどんどん大きくなっている中国の存在もあります。日本にいると、まさにガラパゴスの中なので世界の状況が感じられませんよね。
point1:音楽ビジネスの幹がストリーミングになって、従来の分配ルール、分配の方法が有効ではなくなっている
音楽(正確に言うと録音原盤)ビジネスの幹はストリーミングサービスになっています。デジタル化が世界に7年遅れている日本もまもなく同じ状況になることは間違いありません。(もしそうならかったら、誰も気にする必要がないくらい日本の音楽業界が衰退するという意味ですね)
ストリーミングサービスは基本的にグローバル展開が普通なので、以前の音楽ビジネスで行われいた、国ごとにテリトリーを決めて、ライセンス契約を結ぶという音楽ビジネスの構造と基本的なところで齟齬があります。この変化がすべての問題の根本原因です。これは音楽家側から見ると、海外へのアクセスが容易になり、チャンスがあるという意味でもありますね。
point2:音楽家側も立場によって利害が変わってくる
著作権(ソングライター)、原盤権利者(レコード会社に限らずレコーディングの費用負担者/数社による共同所有の原盤も多い)、アーティスト(法的な言葉では実演家歌ったり演奏したりする人)の三者の収益分配のバランスが崩れていて、諍いが起きています。ストリーミングサービスの売上を分母と見ると、著作権は12%が相場になっています。原盤者は55〜60%でその中でアーティストへの分配も行う形になっています。CD時代は著作権6%、原盤12〜20%、アーティスト印税は1〜2%でした。原盤をレコード会社と事務所で共同で原盤権を持つ形も一般的でした。ただ、パッケージビシネスにおいては、レコード会社が製造、流通を受け持ち、ビジネス構造で言うと、プラットフォーマーの役割もになっていたので、アーティストサイドに、契約金や援助金などの不定形な分配が可能で、その調整でバランスが取られていました。
今、2つの矛盾が起きています。配信事業者との窓口になるレコード会社が、パッケージ時代の契約をベースにアーティストサイドの取り分を設定しようとすることです。特にこれは日本で顕著で、大物アーティストの「サブスク解禁」が遅れたり、まだだったりすることを訝しがるユーザーも多いですが、僕は一番の原因は、レーベルの論理的合理性の欠ける条件提示が障害になっていることが多いと推測しています。筋も通らずお金にもならない条件なら必要ないやと思うのは自然です。
もう一つ海外で起きているのは、著作権者と原盤権利者のパイの奪い合いです。ヒット作を持っているグローバルエージェントが強い交渉力を持って、大きな分配率を取ろうとしています。配信事業者の100%の中の取り合いなので、どこかが増えれば、誰かが凹みます。アメリカではネットラジオ(web castingと言いますね)は、レーベルとアーティスト側が、SoundExchangeというNPOを使って、折半で分けるという法律(デジタルミレニアム法)があります。アーティスト側は、当然、オンデマンド配信のサービス(SpotifyやApple Music)においても同じやり方を求めています。
このWARSがわかりにくなるのは、2つの理由があります。前述で区別した3つ立場は、完全に区別されずに被ってくることです。シンガーソングライターが、自分で原盤権を持ってレーベルを運営すれば、3つの権利者の立場も兼ね備えることになりますね。曲ごとに権利者は変わり得るので、何が得なのか、一人のアーティスト中でも利害が入り乱れてくる訳です。
もう一つは国ごとに微妙(というか結構)法律や業界慣習が違うことです。例えばアメリカには著作隣接権がないので、前述の様にウエブキャスティング用に新たに法律を作ったりしています。グローバルで共通したルールをつくる際の難しさです。着地点はまだ見えてきませんが、軋轢は沸点に近づいています。日本でだけボーッとしていると、ルールも分配の仕組みも全部海外で決まって、ただ従うだけになってしまいます。
point3:バリューギャップ(YouTubeの音楽家側への分配が桁外れに少な過ぎる)問題
4〜5年前から世界の音楽業界のホットイッシューは「Value Gap」です。YouTubeが有料音楽サービスを始めたのは、レーベルなど音楽権利者からの攻撃に対する言い訳という側面が強いと僕は思っています。努力している姿勢を見せることが目的で、本気で有料音楽サービスを普及させる気があるのか眉に唾を付けていつも見ています。
さて、ここでも日本のレコード会社の愚かな選択が浮き彫りになる現状があります。Spotifyなどの日本ローンチが遅れるように動いて、結果として、
一番還元率も低く、違法アップロードにも動きの鈍いYouTubeでだけ楽曲が聴けるようになりました。そしてストリーミングが遅れたことで、スマホでも世界一の違法アプリ天国になっています。中国人より日本人の方が違法(権利的にグレー)なアプリで音楽を聴いている人の率が高いって信じられない現状で、僕は日本の音楽業界人として本当に恥ずかしいことだと思っています。このことは、以前書いたのでこちらもどうぞ、
point4:EUはプラットフォーム事業者が強くなりすぎないように動き始めている
2019年4月にEUで可決された「著作権指令17条」は、音楽プロデューサー目線で言うと素晴らしい法律です、これまでYouTubeのようなプラットフォームが問われてこなかった「コンテンツ制作者への公正な報酬」や「違法な使用などへの責任」が求められることとなりました。可決から2年後の2021年4月までに、EU各国で法案化されるそうです。日本もこの流れに乗りたいです。
国際政治の詳細は僕にはわかりませんが、少なくとも、コンテンツ、プライバシー、データの取り扱いなどにおいては、日本はEUに追随するべきです。プライバシーと文化の多様性を大切にするEUの考え方は日本に親和性があります。アメリカ系グローバル企業がプラットフォームを握るときの圧倒的なパワー。巨大な消費市場と資金力をバックに唯我独尊を貫く中国。2つの巨大パワーの間でコンテンツ力を活かして戦うのがこれからの日本の生き抜く道です。可能ならEUの準加盟国になって、ASEANなどと連携して、新しいビジネスのルールを構築するビジョンが必要だと思っています。山崎さんとネット越しで話しながらその思いを強くしました。
著作権に関する知識が欲しい人は、以前出したこの本がオススメです。簡単に理解できる内容とは言いませんが、先週のセミナーにもつながる世界情勢が理解できる、数少ない日本語で書かれた本です。
この日も改めて思いましたが、日本音楽の海外輸出に足らないのは作品力ではありません。ビジネス戦略です。アーティスト自身の意識改革と、ビジネスサイドを受け持つグローバルとデジタルに強い人材が必要です。僕はそれをニューミドルマンと呼んでいます。このエントリーを読んで、多少でも刺激を受けた人は、連絡ください!
来月のMusicTechRadarはエンターテックの提唱者で、仏カンヌで毎年行われる世界最大の音楽見本市MIDEMの日本アンバサダーを務める鈴木貴歩さんをゲストスピーカーとしてお招きします。MIDEMも今年はオンラインのみの開催が決定したそうです。昨年、参加して刺激をもらい、今年はニューミドルマンの有志と一緒に行く予定にしていたので残念ですが、オンラインでの活用の仕方を伺います。昨年参加して一番印象深かったのは、欧州の音楽業界関係者がテクノロジー活用とスタートアップ支援で自分たちの音楽ビジネスを活性化しようと動いていることでした。MusicTechの最前線を鈴木さんかキャッチアップする機会にしましょう。