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第一章:音楽はストリーミングで聴く時代(後編)

『10人に小さな発見を与えれば、1000万人が動き出す。〜ビジネスに役立つデジタルコンテンツの話』(2015年6月刊)から

これからの音楽サービスの テーマは「ディスカバリー」

 さて、改めて世界に目を向けてみましょう。
 現在、世界の音楽サービスでのキーワードになっているのは、「ディスカバリー」。 日本語でいえば「発見」です。
 ストリーミングサービスとSNSの普及を背景に、「新しい楽曲やアーティストと ユーザーをどうやって出会わせることができるか?」「ユーザーが喜ぶマッチングが できるか?」ということがサービス事業者のテーマになっているのです。
 つまり、ディスカバリーとは、有効なリコメンデーションの仕方ということです。 スポティファイの著名人プレイリストからヒットが出たというのもディスカバリーの 一つの例です。
 最近、「キュレーター(インターネット上での意味としては情報を収集し、整理し、他のユーザーと共有する人のこと)」という言葉が広まっています。影響力のある人 の発信や友人知人の嗜好を知るという「人から人へ」というリコメンドの方法と、ア ルゴリズムを使った機械的なリコメンドの仕組みのどっちが有効か、いわゆる「MAN vs MACHINE」が議論されているのです。結論的には、「両方を組み合わせるのが良さそうだな」ということになっているようです。

 ディスカバリーという視点で代表的な2つのサービスを紹介しましょう。
アメリカのネットラジオ「PANDORA」は、1億人以上のアクティブユーザー を持つサービスとして広く支持されています。有料会員の仕組みも持っていますが、 基本的には広告モデルの無料のラジオです。アメリカは「ミレニアム法」という法律 があり、インターネットラジオは、Sound Exchange というNPO団体に規定の利用料を払えば、レコード会社からの個別の楽曲利用許諾は不要というルールに なっていますので、自由な選曲が可能です。
PANDORAの人気の秘密は、ユーザーごとに異なるリコメンドの仕組みです。 流れてくる楽曲を聴きながら、ユーザーが「好きボタン」を押したり、気に入らなければ飛ばしたり、「嫌いボタン」を押すことで、PANDORAに組み込まれた人 口知能がユーザーの好みを学び選曲を変えていきます。「パーソナライズド・ラジオ」 とか「カスタマイズド・ラジオ」と呼ばれる、テクノロジーを活用した新しいタイプ のラジオサービスなのです。リコメンデーションのエンジンは、「ミュージックゲノムプロジェクト」と呼ばれる研究に基づき、つくられた特性情報です。詳細は企業秘密でわからないのですが、 数十人のミュージックアナリストを抱えて、楽曲を聴いたときの感覚で、音楽ジャンルや気分など、数百のキーワードをいくつか振り分ける「タグづけ」作業を行ってい ます。そのタグの組み合わせで、ユーザーの嗜好を予測し、聴かせる曲を選んでいる のです。選曲を行うのはコンピュータのプログラムですが、そのルールは、人の感覚 を元につくられています。
まさに人とマシーンを組み合わせたリコメンデーションシステムです。PANDORAは日本からのアクセスに対しては、サービスをしていないので、現在、日本では聴くことはできません。アメリカに行く機会があれば、ぜひ体験してみ てください。PANDORAは日本からのアクセスに対しては、サービスをしていないので、現在日本では聴くことはできません。アメリカに行く機会があれば、ぜひ体験してみ てください。
 もう一つは、全世界で1億人以上のユーザーがいるといわれるShazamという 英国発のスマートフォンアプリです。使い方は簡単です。街角やテレビ、ラジオなどで知らない楽曲が流れてきたら、Shazam というアプリを起動させて、スマー トフォンのマイク部分をスピーカーに向けてかざします。すると、アーティスト名や 曲名などの情報を教えてくれるというサービスです。利用は無料。シンプルですが、 楽曲データの豊富さと音声認識技術の優秀さから全世界でユーザーの支持を集めてい ます。
日本語版もリリースされ、J ポップの楽曲情報は、まだ完璧とはいえませんが、洋 楽曲は、ほとんど問題なく教えてくれます。2014年 月に、日本の音楽サービス「レコチョク」との業務提携が発表されたので、Jポップに関する楽曲情報もこれから充実していくことが予想されます。
 Shazam のビジネスモデルは、大きく2つで、iTunes Store な どへの誘導に対するアフィリエイト収入とマーケティングデータの販売。2013年には、Shazam で楽曲を知り、そのまま楽曲をダウンロード購入したケースが1億回を超えたそうです。 ビッグデータ解析がこれからのトレンドといわれている時代に、ユーザーが知りたいと思った楽曲と購入に関する行動データを持っているのは、大きなビジネスの可能性を秘めているといえるでしょう。
これもディスカバリーに貢献したサービスなのです。

オリコンシングルランキングの 形骸化と新たな指標の必要性

 ディスカバリーという視点で、ユーザーの興味を最も喚起するのは、ランキングで はないでしょうか。人気楽曲ベストといわれると、それほどの音楽ファンではなくても、ちょっと知 りたいと思うものですよね。
 日本では、オリコンランキングが定番の音楽ランキングということになっているのですが、実際は形骸化して、本来の機能を果たせなくなっています。 その原因は、オリコンが未だにパッケージ販売の数値だけでつくられたランキング であることです。年間アルバム売り上げなどの数字であれば、今でも十分に価値があ ると思いますが、人気楽曲ということになると、CDシングルの販売数だけで計るには無理があります。CDシングルが売れなくなっていくことと比例するように、以前 からあった、同じユーザーに複数枚購入を促す施策がエスカレートしています。握手券や投票券をCDにつけるというAKB のやり方が究極的です。2014年オリコンの年間シングルランキングでは、1位から5位までをAKB が占めました。たくさんのお金を払うユーザーがいる人気グループであることと、楽曲そのものが支持されていることはイコールではないはずです。 2015年3月に、オリコンは、ライブチケットとのセット販売のCDや安価で複数枚購入を促す音楽ダウンロード権つきカード「ミュージックカード」の売り上げを ランキングから除くと発表しました。同一ユーザーによる複数枚購入の影響をチャー トから排除する努力が感じられますが、未だに音楽配信の売り上げなどはランキング に反映されず、あくまで「所有」数を示すチャートにとどまっています。

 一方、アメリカのオリコンに当たるビルボードは、多様なデータからランキングを作成しています。パッケージ売り上げだけではなく、ラジオのオンエアー回数、ダウンロード数、ストリーミングサービスでの再生回数、ツイッターでのツイート数、 ユーチューブでの再生回数などから総合的につくっています。
 ビルボード・ジャパンのチャートは、アメリカの仕組みをベースに、「ルックアッ プ」数を複合しているところが特徴的です。「ルックアップ」というのは、CDをP Cに入れてリッピングするときに、曲名やアーティスト名をとり込んだ数のことで す。何枚CDを買ってもリッピングは1回しかしませんから、複数枚購入の影響を制限できますし、日本固有のサービスであるレンタルCDについても対応できるので、 人気楽曲に関するリアルな指標になっています。2014年にはじまった「RUSH」というチャートは、日本語で書かれた全ブロ グとツイートから人気楽曲指標をつくるという意欲的な試みです。発売前の楽曲がラ ンキングされるというのは刺激的です。こういう新たなランキングが音楽シーンを活 性化することを期待したいと思います。

アナログ盤とハイレゾ配信

 セミナーで音楽ビジネスの話をすると、受講生から必ず出てくる質問にアナログレ コードの復権と高音質ハイレゾ配信があります。この2点についても僕の見解を述べ ておきます。
 2014年、アメリカでは、アナログレコードの売り上げが前年比 %増位の伸び を示し、2007年以降、右肩上がりを続けています。日本でもHMVが2014年 8月に東京・渋谷にアナログ中心の店舗を開設するなど、アナログレコードへの関心は高まっています。当然の流れだと思います。今は楽曲を聴くだけならば、ユー チューブなどを使い、無料で聴ける時代ですから、CDを買う人は、曲を聴くだけで はなく、コレクションとしての付加価値を求めています。その点から考えると、CD よりもレコードの方が、ジャケットも大きいし、価値が高く感じられます。ストリーミングサービスが広まることで、ますますこうした傾向は強くなっていくでしょう。 アメリカでは、アナログ盤とダウンロード権をセットで販売するのが通常の商品の形になっています。IDとパスワードで楽曲ファイルをダウンロードできる権利がパッケージとセットになっています。
 ハイレゾについては、熱く語る人が多いように感じます。僕も音楽に携わる者として、CDの規格には不満があります。端的にいうと、非可聴音域を切っているからです。人間の耳には聞こえないとされる帯域をカットするという考え方ですが、これによって音楽の余韻が違ってきます。配信フォーマットとして一般的なMP3の圧縮音源は、CD以上に音域カットされています。ハイレゾ音源を、きちんとした再生環境で愉しめば、アタック感のある音圧や、細かい楽器の音色などを聞きとることができ、より深く音楽を楽しむことができます。音楽家は、細部こだわって作品をつくっ ていますので、好きなアーティストの作品を真に楽しむのには、ハイレゾ音源の方が 適しているといえるでしょう。僕自身は言葉遣いとしては、ハイレゾよりも「非圧縮」音源という概念の方が好きです。スタジオでレコーディングされた作品を、そのときの同じ状態でユーザーに届けたいという思いは、多くの音楽家が持っています。 クラシックやジャズなどのジャンルでは、特に大切なことでしょう。
 ただし一方で、多くの人に受け入れられる大衆性が、ポップスの本質ですから、音質に拘泥し過ぎるのは、自己矛盾に陥ります。雑踏の中、スーパーマーケットのモノラルスピーカーから流れても、人の心に届く音楽をつくるのが僕らの仕事です。
 ユーザーに提案する際も、高音質というピンポイントにこだわるのではなく、トータル的な音楽体験としての豊かさを提供するという姿勢が必要です。ヘッドフォンや スピーカーなども含めて、総合的な環境提案であるべきです。
 アップルに買収されたビーツは、ライフスタイルの提案ができた好例です。 30億ドルという高い企業評価は、ユーザーへのブランディングが成功したことを物語ってい ます。
 ロック殿堂入りを果たしたカナダ出身のミュージシャン、ニール・ヤングは、2014年3月に高音質音楽配信サービス「Pono」をはじめると発表しました。それ までにニール・ヤングは、「MP3はファ●クだ!」という過激な発言を何度も繰り返してきましたが、業を煮やして、自分でサービスをはじめたのです。テキサス州オースティンで聞かれたサウスバイサウスウエスト2014の彼のキーノートスピーチを客席で聞いていた僕は感銘を受けて、その場で予約購入ボタンを押しました。三角柱型の専用プレイヤーが、まもなく僕の手元に届くはずで、楽しみに待っていま す。商品に「物語」があるのが素晴らしいのです。
 ハイレゾであることの価値をユーザーに押しつけるのではなく、よい音で聴く体験 が、いかに心地よく、そしてかっこいいことかという提案をするべきだと思っています。

日本でも音楽とITの 蜜月がはじまる!

 さて、音楽ビジネスの近未来について語りましょう。悲観的な意見も多いようですが、僕はとてもポジティブに捉えています。
 これまで音楽サービスは、常に新しいテクノロジーの実験場でした。ファイル交換サービスとレコード会社の訴訟のように、デジタルでファイルを複製することについて、権利ビジネスを行う既存の業界と、衝突を繰り返してきた歴史があります。 しかしクラウド化をきっかけに、様相は変わっています。「所有から利用へ」という変化は、インターネット全般のトレンドですが、音楽において、その変化は顕著に現れています。 だからこそ今の音楽業界では、「複製」した商品をマネタイズするだけではなく、クラウド上のコンテンツに「アクセスする権利」を販売する、複製権とアクセス権を組み合わせた、ハイブリッド型の音楽ビジネスの生態系を再構築する必要があるのです。
 さらには音楽ビジネスには、ライブコンサートという「体験」をマネタイズする分野もあります。日本でもライブエンターテインメント市場は右肩上がりで伸びていま す。2014年は、コンサート入場料収入がCDの総売り上げを抜く、史上初めての 年になりました。音楽市場の現状を象徴していると思います。
 ストリーミング、パッケージ、ライブエンターテインメントの3つの分野を組み合 わせたかけ算で、音楽産業には新たな可能性がみえるはずです。

必要なのは 「デジタルファースト」の姿勢

 毎年3月にテキサス州オースティンで行われるサウスバイサウスウエスト(SXSW) は、ツイッターなどの最先端のITサービスを飛躍させた場として、世界で最も注目 されています。IT、音楽、映画、メディア、コンテンツ分野のカンファレンスイベ ントですが、もとは1987年にカントリーウエスタンのマネージャー達がはじめた 音楽祭です。僕はこの十数年の間に、6〜7回参加しています。日本ではインタラクティブ部門に話題が集中しますが、実際に現地に行くと、「真ん中に音楽があるな」 と感じて嬉しくなります。期間中は街中で音楽が溢れ、デジタルテクノロジーが音楽 へのリスペクトを持って発展していることが実感できます。
 一方、日本では、ITベンチャーと音楽業界があまりに隔絶してしまいました。僕 は微力ながらその状況を変えたいと、2013年には『世界を変える 年代生まれの起業家』(スペースシャワーブック)という若手起業家を紹介する書籍を出しました。 2014年には、エンターテインメント系のスタートアップ企業を対象としたアワー ド「START ME UP AWARDS」をオーガナイザーとして立ち上げました。 旗を揚げてみると、さまざまな人が主旨に賛同して協力してくれましたし、日本にも メディア・コンテンツ系で起業したという若者がたくさんいることもわかりました。 彼らを応援し、そして連携していきたいと思っています。
 「STRAT ME UP AWARD」と同時開催した「MUSICIANS HAC KATHON」は、非常に高い評価をいただきました。近年、日本でも広まってきた「ハッカソン」は、プログラマーが集まり、チームを組み、 時間などの限られた時 間でサービスのプロトタイプをつくるという「まるでマラソンのようにプログラミン グを競うイベント」です。3〜5人の1チームの中には必ず音楽家が1人いるという 形で行いました。これは世界初だったようです。キャプテンとして、音楽家のとりま とめをお願いした浅田祐介氏をはじめ、日本の音楽界を代表する一流のサウンドプロ デューサーが集まってくれました。プログラマー、デザイナーとアイデアを出し合い ながら、さまざまなサービスを考案して、形づくっていきました。世界的にも評価されてきているJ ポップを成功させているのは、彼らのクリエイティビティの高さと人 間力なのだなと改めて実感しました。プログラマーもモチベーションが高く、熱量の高い2日間となりました。こういう新しいモノが生まれる「場」づくりは、今後も続 けていくつもりです。
音楽とテクノロジーを高度に融合させることが、これからの音楽ビジネスを発展させることにつながると僕は信じています。「デジタルファースト」が音楽ビジネス再 興のキーワードです。日本発の音楽サービスが世界で成功する姿をみたいものです。
 音楽ファンにとっては、「手軽に、便利に、身近に、楽しみ、好きなアーティストと出会い、コレクションをし、ライブ体験をする。またSNSで友人と共有する」。このように音楽の楽しみ方が広がっていく時代がやってきています。繰り返しになりますが、音楽は常に、テクノロジーの実験場になってきました。
 ビジネスパーソンにとって、新たな音楽サービスを知ることは、新たなビジネスの ヒントを発見するきっかけにもなるはずです。

 

 音楽サービスにおいて「ディスカバリー」は、引き続きテーマになっています。人によるレコメンドである「プレイリストPR」は、ストリーミングサービス、特にSpotifyでは、標準的な存在になっています。ユーザー行動の解析にAI(人工知能)も活用して、様々なリコメンドが試されています。
 本書で紹介されていたPANDORAラジオは権利者側との調整が不調で、北米以外の国にサービスエリアを広げることができず、資金調達が行き詰まって、2018年に衛星ラジオ会社に買収されました。日本でもPANDRAを使ってみたかったですが、残念です。

 日本は、レコード会社がパッケージ市場を守ることを目的に、ストリーミングサービスの普及にブレーキを踏み続け、結果として音楽市場が衰退していきました。コロナ禍で、コンサートができなくなってもデジタルサービスで持ちこたえている他国に対し、日本はパッケージも売上減で、レコード会社は自らの首を締めることになっています。デジタル系のサービスの普及がが大幅に(約6年くらい)遅れていることは、様々なマイナスの波及を及ぼしています。アーティストや宣伝スタッフの、デジタル活用のマーケティングのスキルが遅れています。音楽ユーザーもストリーミングの楽しみ方が広まっていないんので、日本の起業家は、デジタルサービスを試すことが難しい、そんな悪循環が起きてしまっています。コロナ禍の危機が、日本の音楽のDXを進める好機になることを願っています。

 ちなみに、本書で紹介したニール・ヤングによるPONOは、何度か延期になり、とうとう商品は届きませんでした。新規事業が難しいのは洋の東西を問わずですね。

  現在の音楽ビジネスに対する認識、近未来の予見、今後の展望については、今週末のオンラインイベントで話します。興味のある方は、ご参加下さい。ニューミドルマンコミュニティは、次世代の音楽ビジネスに携わる人事育成のために2014年に「ニューミドルマン養成講座」として始まり、2年前からコミュニティとして活動しています。

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