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サイダーのように言葉が湧き上がる

 昨夜、TOHOシネマズ池袋で「サイダーのように言葉が湧き上がる」を1人で鑑賞してきた(ほぼネタバレなしで紹介していきます)。
 
 少年少女の出会いと交流を描いた青春物語。

 近所のショッピングモールでアルバイトをしている男子高校生のチェリー。
 彼の趣味はSNSに俳句を投稿すること。
 動画配信サイトで活躍している女子高校生のスマイル。
 ある日、スマイルがショッピングモールで「日常のカワイイ」を配信している時にチェリーと出会う。

 人は誰しもコンプレックスを抱えて生きていると思う。
 本作に登場する2人にもコンプレックスがある。

 チェリーは自分の「声」にコンプレックスを抱えている。
 そして周りから話しかけられないようにヘッドフォンを付けている。
 
 スマイルは幼い頃は好きだった自分の出っ歯が、成長するにつれてコンプレックスに感じるようになり、歯列矯正をしている。
 周りの人から矯正器具を見られたくない(可愛くない)ためマスクを着けている。
 
 出会って間もない日の帰り道、スマイルはチェリーに俳句を作ってほしいと頼む。
 
 外はまだ明るいのに街頭が点き始める。
 それを見たチェリーは句を思いつき、声に出して読み上げる。

 夕暮れの フライングめく 夏灯(なつともし)

 その句を訊いたスマイルが「可愛い」と言う。
 どうやら「フライングめく」という言葉が可愛いと感じたらしい。
 それともう一つ、スマイルはチェリーに「声」も可愛いと伝える。
 そう伝えられたチェリーはコンプレックスを隠すために付けていたヘッドフォンを外す。
 チェリーの(ヘッドフォンで)閉ざしていた心がスマイルの言葉によって開かれたように感じた。
 このシーンがとても印象的だった。


 僕にもコンプレックスがある。
 正直に言えば、吉沢亮の顔を作ることに全神経を注いで、疲れ果てた神様が息抜きで作ったような顔の全てがコンプレックスだ。
 終末のワルキューレの世界に行って、その神と対決することがあれば間違いなく僕が勝つだろう。
 渾身のデス・ウィンクをお見舞いしてやる。

 
 『長いまつ毛』もコンプレックスの内のひとつ。
 母親譲りのラクダのように長いまつ毛。

 小学生の時、女子生徒から「女の子みたいなまつ毛してるね」と言われたことがある。
 今思えば褒め言葉として言ってくれたのかもしれないが、当時の僕はショックを受けた。

 そのことがきっかけで、僕は暇さえあればまつ毛を抜いた。
 右手の人差し指と親指でまつ毛を挟み、プチっと引っ張る。
 そしてノートの上にまつ毛を置いて観察してみる。
 ピンと伸びた長いまつ毛。たしかに女の子みたいなまつ毛だ。もっと抜いたら男の子になれるかな。 
 そう思ってプチプチ抜いていく。
 シンプルにドMだったのか、男の子に近づいているという実感からか、最初は痛かったけど、だんだんと快感に変わってきた。

 1日10本くらいは抜いていたと思う。
 髪の毛は1日に100本抜けるらしいから、それと比べたら安いもんだ。
 学校から帰ってきて、いつものようにまつ毛を抜いていたら母親から叱られた。
 そのことがきっかけで僕はまつ毛を抜くことをやめた(従順)。
 もちろん、コンプレックスが消えたわけではない。

 ある日の彼女との思い出。
 ベッドでまったりしていると彼女がこんなことを言ってきた。
 「リクのまつ毛って長いよね」
 「そうなんだよー。ラクダみたいで気持ち悪いでしょ」
 僕は自分を守るためにそう言った。
 「気持ち悪くなんかない!むしろ羨ましいよ!」
 「そうかなー」
 「うん!それに可愛いじゃん!!」
 赤ちゃんのような澄んだ瞳をしている彼女はそう言った。
 (可愛い…!?それって褒めてるの? でも彼女に可愛いって言われたらなんか嬉しい)
 「恥ずかしいけど、ありがとう」
 「いえいえ〜」
 そう言って彼女は僕のまつ毛を撫でるように触った。

 本作を、チェリーと自分を重ねながら鑑賞していた。
 チェリーがスマイルに「声が可愛い」と褒めて(肯定して)もらえた時に照れていた時、(わかる!わかるぞチェリー!!)と僕の心に住んでいるおじさんが歓喜していた。

 思い出が湧き上がり、感情が湧き上がる。
 そして「サイダーのように言葉が湧き上がる」。

 🥤あとがき🥤

 観賞後、本作の感動をnoteで紹介するために魅力をメモに残していたのでそれを紹介していこうと思います。
 
 この物語のキーマンは、フジヤマのお爺ちゃんだと思う(チェリーの気持ちを後押ししてくれているようにも感じる)。
 彼はレコード屋の店主をしていて、チェリーのバイト先のデイサービスに通っている。
 空っぽのレコードをいつも抱えていて、その中身を探し回っているが、どこに置いたか思い出せない。
 レコードには大切な人との思い出が詰まっている。

 フジヤマのお爺ちゃんが愛した音楽と結びついた記憶を探していく。

 僕にはレコードとの思い出がない。
 本作を見ながら、レコードとの思い出がある人が羨ましく思えた。
 映画を見終わったら、あの日聴いてた音楽(レコード)を絶対に探したくなると思ったから。
 
 フジヤマさんに感情移入する人もいれば、チェリーとスマイルに感情移入する人もいると思う。
 この映画はどの世代にもドンピシャな映画だと思う。
 あの日の思い出が音楽と共に蘇る。
 
 本作の劇中歌「YAMAZAKURA」がとにかく素晴らしい。
 曲が流れるタイミング、歌詞、歌声、曲調、どれも完璧すぎる。
 初めて聴いた曲なのに、どこか懐かしく感じて思わず泣きそうになった。
 きっと僕の中で、音楽と記憶(思い出)が結びついていて、それが本作の物語とリンクしていて泣きそうになった。
 音楽が好きな人なら誰もがグッとくるシーンだと思います。
 ぜひ映画館の音響で聴いて欲しい。

 チェリーとスマイルが、普段何気なく見過ごしている日常の風景の美しさを思い出させてくれる。
 チェリーは俳句を通して、スマイルはライブ配信(日常の可愛い)を通して教えてくれる。
 
 言葉にして初めて伝わるものがあるということを教えてくれる作品。
 自分が作った俳句と、コンプレックスに感じていた声が、同時に褒められる(認めてもらえる)なんてどれほど嬉しいことか。

 設定も最高。
 本名で呼び合うのではなく、SNS上のニックネームで呼び合うという設定がとても良かった。
 スマイルは劇中で「スマホが無いと死ぬ」と言っていたり、現代的なキャラクターで魅力的。

 地元の人が集まるショッピングモールを舞台にしているのもいい。

 とにかく鮮やかな色使い。
 2人の青春が鮮やかな色彩で描かれている。
 日常はカラフルに溢れているというメッセージが込められているのか。
 それともチェリーとスマイルの視点(青春)の景色なのか。
 観賞後、世界が鮮やかに感じる(解像度が上がる)。
 アニメ映画ならではの素敵な色使いで、観ているだけで楽しい。

 個人的に、スマイルが自分の矯正器具を鏡で確かめるために笑った時に出てくる、キラキラダイヤが可愛くて好みだった。
 普通は黄色で表現すると思うけど、水色で表現していて印象に残った。

 構図も工夫されているように感じて、キャラクターがより魅力的に感じられた。
 
 87分という尺も最高。
 「コーヒーが冷めないうちに」ならぬ、サイダーの炭酸が抜けないうちに。
 伝えたいことをぎゅっと詰め込んで、すぱっと終わる。
 最後まで飽きずに観ることができた。
  
 夏にピッタリの作品。

 最後まで読んでいただきありがとうございました!


読んでいただきありがとうございました。