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Tiktokのテンポ感で部署異動してきた

社会人6年生になったドン。もう後には引けないドン。

photo by入社半年で全力で走る私(後ろにいる同期みんなひいてる)
4月になったら新卒で入社したお葬式のむすびす(旧アーバンフューネス)で働いて丸々5年。今日でむすびす株式会社6年生になった。
5年間色んな事があったなあ。
なんて色々思い出したので、私のセンチメンタルジャーニーにみんなも着いてきてほしい。
私は「やりたい!」をみつけるとそこに向かって、人を説得する天才なので、
Tiktokのイケてるテンポで踊るように部署・職種を異動していった。
全力部署移動はじめるよ♡

葬儀プランナーになるために入社

入社してすぐに葬儀プランナーを同期21人で目指すことになった。
修業をはじめて1ヵ月、音を上げたやつがいる。
私だ。お前だったのか。
「プランナーになりたくない!」と急に言い出した。
プランナーになるためのロールプレイ研修などをやりながら
直観的に「あれ?これやりてぇことじゃねぇぞ?」と思った。
なんでだろう、未だによくわからない。

私がやりたいのは生きている人に向けてやるイベントだ!

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もう、写真も含め最初から滅茶苦茶である。
入社してすぐ、プランナー修行の一環として「地域営業」というものがあった。
自社ホールのある地域をまわる営業や会館で終活イベントの企画などをやる。
イベントに参加している人が自分の死を真剣に考えて、今をより良く生きようとしているのをみて、ビビビ!!!ときてしまった。
そうじゃん、生きているうちに最後のこと考えといて、
考えたらもう自由に楽しく悔いなく生きるモードになればいいんじゃん。
その手伝いをしたい!!!とやまのうちは暴走機関車と化す。(落ち着け)
※写真はイベント『生け花教室』で私が活けた花だ。
僕らの愛の花を咲かせたつもりだったのに、講師を困らせる結果になった。

…とはいえ、教育担当も「とりあえずプランナーは目指せ」とのことで、
嫌々文句を言いつつプランナー修業をし、地域営業をしたいという夢を生意気に語っていた半年間だった。
(後々先輩に「こいつはダメだと確信していた」と言われた。お気づきだろうか…「思う」ではなく「確信」されていたことに…)

役所届と事務と時々秘書

半年経ったら各部署に配属された。わたしは葬儀の現場を担当する「アテンダー」を目指す「アテンダー課」に配属された。
プランナーを目指しながら、プランナーのお手伝いをする。みたいな感じだ。
その課に配属されたのにプランナーにはやっぱりなりたくなかった。
配属後、基本的に私はお客様の死亡届を手に毎日5カ所の役所をまわり続ける日々を送っていた。
婚姻届を出すカップルを横目に死亡届を颯爽と提出する毎日。

そんな私に急に課長からお声がかかった。
入社3年で課長に上り詰めた女の先輩は厳しいけど大好きだった。
「やまのさぁ、プランナーにならないなら、私のスケジュール管理兼事務やらない?」
そうして私は現場に行くことを辞め、
アン・ハサウェイ並みにバリバリと社内で働いた。

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事務の才能が少し私にはあったようで、事務をやること自体は苦痛ではなかった。

やったー!念願の地域営業と会館運営

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正直いって、うちの自社会館はここまで無法地帯だった。
当番制で会館の留守番を一人でやる。みたいな状態だった。
私は「ハコがあるのに活用されていない」みたいなのが歯がゆかった。
あの場所があれば、もっとより良く生きていくお手伝いをすることが出来るのに…!
モッタイナイ!と心の中でノーベル平和賞の人が叫んでいた。

その心の叫びがもろ言葉に出てしまっていたので、
とうとう「アテンダー課」から「営業課」に異動して
西葛西にある自社会館をめいいっぱい営業やってごらんとチャンスをもらった。
地域のお祭りにがっつり参加したり、会館でイベントを行ったりした。
ここでのことは深すぎるので今回は割愛。
また今度熱く語る場を設けさせてもらおうと思う。

やまのうち、寺に出向するってよ

自社会館でイベントや会館の運営をして早1年。
地域営業も慣れてきたなというところで、
「納骨堂を新たに設置する寺を手伝わないか」という話をいただいた。
なんとなくうきうきしたのと、今までの活動が評価されての
異動の話だったのですんなりと新規事業メンバーの一員となった。
お寺では寺の事務=寺務として、納骨堂のお客様の法要をお手伝いした。
自由度が高い納骨堂だったので、色んなお客様と出会った。
色んな生き方があるんだな。色んな気持ちがあるんだなと悟った…。

寺に出向した話もかなり濃密なので、今度また熱く語ろう…。

ちょっと病んだ

お寺での出向を終え、自社会館の運営に帰った。
自社会館に戻った瞬間コロナで世界が大騒ぎになった。
コロナ世界が騒いだら、自社会館チームがバラバラになってしまった。
バラバラになるチームを帰ったばかりの私にはどうしようも出来なくて、
でもどうにかしたくてもがいたら…ちょっと病んだ。
ちょっとじゃないなあ。結構病んで2か月休んだ。
この話も心が落ち着いたらそのうちちゃんと書こう。
ひとつだけ、「眠れなくなったら病院へ」
眠れなくて、追い詰められて泣きながら病院を探した日を忘れない。

復活の呪文!マーケティングの世界に

2か月のお暇を頂戴したあとに、マーケティングチームに拾ってもらった。
コロナの影響もあってテレワークで。
拾ってもらって、広報、SNS担当と色んな役割も頂戴して、
楽しく今現在に至る。
学ぶことが多いってやっぱり楽しい。

やりたいことは各々の人生にキュンしてもらうこと

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プランナー修行~事務~地域営業~お寺業務~マーケティング・広報…と
色々なことをやってきても一貫して思っていることがある。
それはみんなが自分自身の人生をより良く素敵な物語にしてほしい
ということだ。

だから、ゴール=死をみつめつつ、その道のりをどうしたら楽しく歩けるか考えてみてほしいのだ。
全部の仕事にその気持ちを添えてきたし、これからも添えていくつもりだ。

さあ6年生!小学校では最上級生だけど、社会人ではまだまだ!
気合いれて、ポケットからキュンを出して、落とさずにキュンを誰かに渡したい。

超長くなっちゃった!2500字!読んでくれた人ありがとう!

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