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面接官:「あなたが好きな番組は何ですか?」


放送局の採用試験の面接官として

僕がまだ毎日放送に勤めていた時には、何度か新入社員面接に借り出されることがありました。若い頃は一次面接に、管理職になると二次面接に。

そして、放送局ですから当然、面接を受けに来た学生たちにこんな質問をします:

「あなたの好きな番組は何ですか?」

学生たちが変に気を遣って窮地に陥らないように、こんな風に付け加えることもありました:

「別に当社の番組でなくても構いませんから」

わざわざそう言っているのに、それでも中には「御社の番組でなくて恐縮なんですが…」などと、リップ・サービスではなく本気で恐縮している様子の学生さんもいましたが、いやいや、そんなことは全く気にする必要はなかったのです。

何故なら、この質問は単に学生さんの志向性を知るためのものであって、まだ入ってもいない会社への忠誠心を問うようなものではありませんから。

そもそも他局の番組を観ない社員なんかいませんし、他局の番組を全く褒めない社員もいませんから。

ま、もう少し前の時代であったなら、「他局の番組を挙げやがって。失礼な」などと怒って、あからさまに低い点数をつける面接官もいたかもしれませんが、今はどこの放送局でもそんなことは全くないと思います。

かつて受験者であったときに

さて、かく言う僕も、自分の入社試験の際に同じ質問を受けた記憶があります。で、何を隠そう、僕も当時は他社の番組を挙げる勇気はありませんでした(笑)

でも、僕は皆が挙げるようなゴールデン・タイムの人気番組を挙げたくなかったので、わざと深夜の、しかも、確か月1回しか放送していなかった寄席番組を挙げました。

当然その後に予想通り「どうしてその番組が好きなんですか?」という質問が続きました。それで僕は(あんまり細かくは憶えていないのですが)、「あの番組は単なる寄席中継とは違って…」などと自説を展開することができました。

変な例を挙げたことで、それがフックになって、割と自分の計算通りに喋れたような気がします。

ただ、実際のところは、僕が入社して作りたかったのは寄席やお笑いの番組ではなく、ドラマだったんですけどね…(これについては後述しますが、本当はドラマを挙げるべきだったのかもしれません)。

学生さんたちが言う「好きな番組」

一般的に言って、面接を受けに来た学生さんたちの場合は、大体において「好きな番組」 = 「入社してから作りたい番組」でした。

これは僕が面接官を務めていたケースではないのですが、好きな番組を訊かれて『皇室アルバム』と答えた学生がいたそうです。

確かに『皇室アルバム』は毎日放送の老舗番組(今や民放最長寿!)であり、日曜の早朝という時間帯の割には番組平均世帯視聴率も高かったのは事実ですが、その視聴者構成は完全に高齢者寄りで、若い人たちに人気のある番組ではありませんでした。

その時の面接官は、「意表を突いた答えをしたかったんだろうけれど、いくらなんでもそれはないだろ?」と思ったそうです。ところが面接官が「『皇室アルバム』のどこが好きなんですか?」と畳み掛けると、返ってきたのはどう考えても毎週欠かさず観ているとしか思えない答えで、しかも、陛下や皇室の方々に対する敬語も完璧だったそうです。

面接官は「ひょっとすると、こりゃ本物の右翼かも!」と怖くなったと言っていました。それでどんな点数をつけたのかは聞きませんでしたが(笑)

ほとんどの学生さんはその局を代表するようなヒット番組、あるいは長期間人気が落ちずに続いている番組を挙げます。

僕が若かった頃には毎日放送にはあまりヒット番組がなかったので、学生さんたちは苦労したでしょうね。

仕方なく『まんが日本昔ばなし』を挙げる人が少なからずいたように記憶していますが、確かに視聴率的にはあれはお化け番組であり、いくつか賞も受けた良質のコンテンツでしたが、しかし、「大学生の君がほんとに観てるの?」という感じはしました。

僕としてはそんなところで変に気を遣ってウチの番組を挙げるよりも、素直に他局の番組を挙げてくれたら、それを聞いた僕も大いに納得して、「ああ、あれはめちゃくちゃ面白いよね。どんなとこが好き?」と会話が弾んだかもしれません。面接していてそういうのって妙に楽しいんですよ。

それからもう少し時代が下ると、多くの学生が挙げるようになったのが『情熱大陸』でした。この番組は今も続いていますよね。でも、めちゃくちゃ視聴率が高いわけでも世間で大評判になったわけでもありません。

ただ、あの番組を挙げたくなる気持ちは分かるんですよね。あの番組を好きだと言っておけば、とりあえず賢そうには聞こえますから(笑)

本人がドキュメンタリ志向の場合は、それはそれで納得するのですが、その後訊いてみると、「いや、ドキュメンタリを観るのは好きなんですけど、僕がやりたいのはバラエティで」などと言われると、「ああ、なんかテキトーなこと言いやがったな」という気もしました。

それは入社前の自分に対しても言うべきことだったのかもしれませんけどね(笑)

人気番組は変わって行く

ところで、僕が入社した頃にはクイズ番組はたくさんありましたが、バラエティというのはまだそれほど確立したジャンルではありませんでしたし、バラエティの超ヒット番組があったわけでもありませんでした。

僕自身は前述の通りドラマ志向で、しっかり練り上げられた台本に基づいてリハーサルを重ね、綿密に設計されたカメラワークで切り取られた、所謂いわゆる”作り込まれた”コンテンツが好きでした(そういう意味では寄席もそんな番組のひとつなんですけどね、と弁解をひとことw)。

バラエティのように、かっちりとした台本もなく、「構成台本」とか「進行台本」と言われるものには「~などなど、ひと通り話した後…」などとゆるーい設定しか書かれておらず、想定された進行よりもその場のフリー・トークの弾け方に期待して、ある意味タレントさんたちの瞬発力に頼るような番組については、僕は少し低く見ていました。

しかし、1980年代中頃からフジテレビのバラエティ路線の隆盛期が訪れ、受験してくる学生さんたちの中にもバラエティ志向の人が増えてきました。

僕が最初にバラエティ志向の学生を面接した時には、「バラエティ? 君は本気でそんなものを作りたいのか?」と、もちろん口に出しては言いませんでしたが、言いたい気分でした。

でも、時代は変わりましたね。僕もいつの間にかそんな風には思わなくなりました。

これから面接を受ける学生さんたちに

もう長らく面接はしていませんし、会社も辞めてしまったので今後面接をすることもありません。今の面接では学生さんたちは一体どんな番組名を挙げているのでしょうか?

僕は彼らの答えを聞くのが好きでした。「なるほど、そんな風に見ているのか」「ああ、若い人たちにはそういうところが響くのか」などと気づきが得られるのも嬉しいところでした。

質問を想定して模範解答を丸暗記してきた学生よりも、万全の下調べができていなくても、その場で考えながら結構まともな答えを返してくるような学生には高い点をつけました。

「自分はこういう番組が好きだけれど、自分にそんな番組を作る能力があるとは思えないので、制作部門ではなく、この会社の裏方として総務とか経理とかで仕事をしたい」と言った学生に、僕はそこそこ好感を覚えて、そこそこ高い点をつけたのですが、2人で組んで面接していた先輩が、「最初から裏方を志向するような奴はダメだ!」と一刀両断にしたので、少し議論になったこともありました。

なんであれ、好きな番組がある人たちに入社してほしいですね。僕はもう働いていませんが、しっかり好きな番組がある人たちと一緒に仕事をしたいという思いはずっとありました。

それは他局の番組でも良いし、いや、テレビやラジオの番組ではなくて、YouTube の番組だって構わないのです。そして、何故その番組が好きなのか、その番組のどういうところが良いのかをしっかり語って聞かせてほしいのです。

コンテンツ作りって、きっとそういうところから始まるのだと思います。

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