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愛と幻想の配信イズム(2018/7)

この記事は 2018年7月に、境治さんが主宰しておられるウェブマガジン Media Border に投稿したものです。

ここにも挙げておきたいという私の自己満足で挙げたのですが、もしこういう記事をたくさんお読みになりたいのであれば、若干お金はかかりますが、Media Border を購読されては如何かと思います。

愛と幻想の配信イズム

テレビ番組の常時同時配信に関してはいろいろな意見を耳にします。中でも私が忘れられないのは、去年あるシンポジウムで登壇した若い女性パネリストが、司会者から「テレビの常時同時配信についてどう思うか?」と問われて、ひとこと「おこがましい」と答えたことです。

曰く、「近くにテレビがないから見ないんじゃなくて、面白くないからテレビを見ないんです。それをネットで配信さえすれば見てもらえると考えること自体がおこがましい」と。

テレビマンは「面白ければ見てもらえる」と無邪気に信じている向きがありますが、実は若い世代の間ではハナからテレビは面白くないという印象が定着しつつあるのです。だからまず、その印象を覆すような面白い番組を作って「テレビは面白い」と認識してもらうこと。そこから始めないことには配信もへったくれもないのだと痛感しました。

そのことを肝に銘じた上で、もう少し筆を進めます。

NHKさんは常時同時配信に随分熱心で前向きに準備しておられます。クリアするべき問題がまだ残っているのも確かですが、私はむしろNHKさんに頑張ってもらいたいと思っています。

でも、では自分たちはどうするべきかと考えると、ちょっと躊躇してしまうのです。

もちろんユーザ側のメリットはあるでしょう。また、常時同時配信をすることによって視聴者層が広がり、それがテレビに戻ってくるという、常時同時配信推進論者の主張も解らないではありません。でも、その前にやるべきことがあるのではないかなと思うのです。

語弊があるので具体的な番組名は挙げませんが、自社のタイムテーブルを隅々まで見ると、そこにはPCやスマホをほとんど使わずに生きてきた世代の人たちしか見ていないような番組もあるのです。それを考えると誰もが「果たして全部の番組を同時配信する意味があるんだろうか?」と立ち止まるのではないでしょうか。

当面はW杯のような大イベントや、大災害/大事件の際にインターネット中継ができれば良いのではないかと思うのです。現時点で大事なのはいつ何時でもネットで送り出せる基盤を整備しておくことではないでしょうか?

私はテレビ番組がネットに出て行くことよりも、テレビ受像機がネットを取り込むことのほうが急務であると思っています。テレビ受像機は、スマホなどに比べると、恐ろしく汎用性の低いイケてない機械です。テレビの使いみちをもっと増やしておかないことには、結局テレビ番組も見られなくなる、というのが私の持論です。

テレビ受像機は言わばテレビ局にとっての砦です。ならば、それを強固なものにしなければなりません。砦を強固にする方法は門扉を固く閉ざすこととは限りません。強い兵力を砦に注ぎ込むことも考えるべきなのです。それがインターネットです。テレビ局がやっている番組配信もそこで見られるようにしましょう。そうやって砦と城の間にしっかりと道筋をつけることこそが、我々の使命だと思っています。

そして、さらに私が提案したいのは、所謂「見逃し配信」のスタート時間を放送開始と同時にすることです。いっぺんに常時同時配信に進むにはいろいろな障壁があります。ならば「できる番組から」と考えるのが自然であり、それを一番簡単に実現するのがそのやり方です。関係者の間でも、利用者にとっても、抵抗感は少ないのではないかと思うのです。

むしろ最大の敵は社内の「配信は放送とカニバる」という幻想です。「放送中にネットで流すとテレビが見られなくなる」──本当でしょうか? ならばこのクイズに答えられますか?

《それではここで問題です。配信を始めたら如実に視聴率が下がった番組を3つ挙げなさい》

「ネットで流しさえすれば見てくれる」というのも「ネットで流すと見られなくなる」というのも、ともにデータに基づかない幻想でしかありません。それは古くから業界をがんじがらめに支配してきた二律背反、二項対立、二者択一の考え方です。

そこを乗り越えて、端的に「テレビとネットを繋げると面白く便利になる」という境地にたどり着くことが、未来図を描く最初の一筆になるのではないか思うのですが、如何でしょうか?

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