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事件への対応(2019/11)

この記事は 2019年11月に、境治さんが主宰しておられるウェブマガジン Media Border に投稿したものです。

ここにも挙げておきたいという私の自己満足で挙げたのですが、もしこういう記事をたくさんお読みになりたいのであれば、若干お金はかかりますが、Media Border を購読されては如何かと思います。

事件への対応

女優の沢尻エリカが逮捕された。来年の大河ドラマの出演が決まっていて、初回から出演してかなり撮り終えており、今からでは撮り直しが間に合わないとか。チュートリアルの徳井義実に続いて NHK は災難続きだとか。

そんなニュースを目にしながら、もういいんじゃないかな、と思うのである。つまり、撮り終えた部分はそのまま放送してもいんじゃないかな、と。

僕が放送局なんぞに務めているからではない。会社に入る前、単なる視聴者だった頃から、と言うか、すでに少年時代から僕はずっとそう感じてきた。

罪を犯したかどうかということと、その人の演技が素晴らしいかどうか、その人の漫才が面白いかどうか(これは主に横山やすしを念頭に置いている)は関係がないのであって、演者として良い仕事ができる(できた)のであれば、それをお蔵入りにすることはないではないか?

──と、僕は中学生の頃から、中学生らしい一途な正義感を以てそう感じ、憤ってきた。

その一方で、思えば昔はおおらかなもので、「この番組は○月○日に収録しました」というスーパーを出して放送しているケースも多々あった。

それは確かに「いや、これを撮ったのは事件が起こる前ですよ」「いや、この番組を撮ったときにはそんな人だとは誰も知らなかったんです」という局の言い訳である。でも、それを許さない視聴者もほとんどいなかったのではないかと思う。

僕らが会社に入った時、「罪を裁くのは裁判所の仕事であって、放送局が出演者を裁いてはいけない」と教わった。だから、罰金を納めたら、刑期を終えて刑務所から出てくれば、執行猶予の期間が終わったらそのタレントを出演させて構わない、逆に言うと、それまでの間だけ出演を見合わせようというのが、たぶん今も基本的なルールなんだろうと思う。

そういうわけで、脱税の場合は、昔はほとんど出演自粛なんてこともなかったように記憶している。脱税が報じられるときには大体すでに修正申告して(課徴金も含めて)納税済みのタイミングであるから、罪は償ったあとという解釈だったのである。

また、この一定期間だけ出演を認めないのはそのタレントを罰しているのではなく、いろんな感じ方をする視聴者の最大公約数的な部分を汲んでのことである。

ただ、最大公約数的な部分を汲むと言っても実際判断するとなると、これはかなり難しい。

僕自身も放送の前日だったか前々日だったかにメインの出演者が逮捕されて右往左往したことがある。実際にはこのケースは無実であり不起訴となったのだが、そういうことを考えると、逮捕されたというだけで放送を取りやめる判断をするのも早計である。

一方で、刑期を終えたら出演可能と言っても、実際の例を見ると、殺人や重い性犯罪を犯したタレントが復帰したケースはほとんどないのではないだろうか。でも、これもそのタレントを断罪していると言うよりは、彼/彼女を使いたがるプロデューサーやディレクターがいるかという問題だと思う。

話がどんどん広がって行ってしまっているが、ま、ことほどさように悩ましい問題だということである。

僕らが入社する前の世代の社員の中には、(これは入社後の「伝説」として聞いた話だが)視聴者からかかってきた抗議電話に対して「うるさい。嫌やったら見るな、ボケ!」などと怒鳴ってガチャンと電話を切るような人までいたと言う。

もちろん今の時代にそれが良いとは言わないが、僕らは苦情に少し神経質になりすぎた、と言うかむしろ恐怖感を抱き過ぎている面もあるような気がする。

一方で、編集で切りきれずに徳井義実の出演シーンがかなり残った『いだてん』を観て「いいぞNHK!」などとツイートしている人もいるし、次の大河ドラマ『麒麟が来る』で「沢尻エリカの出演シーンをそのまま放送してほしい」という署名運動まで起こっていると言う。

百人百様の感じ方があって、判断はますます難しくなる。

で、そんなもろもろを考えていると、単に面倒くさくなってということではなく、ある部分は昔に戻って、撮り終えた部分はそのまま放送していいんじゃないかな、と思ったのである。と言うか、昔からそう思いながらそうも行かずに来て、改めてやっぱりそれでいいんじゃないかなと思ったのである。

現実的に出演者を再度ブッキングしたり、一旦ばらしたセットを再度作り上げたり、気の遠くなるような再編集をするのは、時間とお金と労力ばかりかかって、作品そのものの質を高めることにはあまり寄与しないのである。

「出演者に罪はあってもできあがった作品には罪はない」という考え方もあちこちで聞く。

嫌なら見るなとまでは言わないけれど、見たい人のために放送するので嫌ならしばらく他の番組を見ていてください、というのではどうしても怒りが収まらない人がいるんだろうか?

この文章も実はこわごわアップしている。

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