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【短編小説】三角関係の構図

栗林就太は今どき珍しい若者かもしれない。さすがにスマホは持っているし、ないと不便なので LINE もやってはいるが、しかし、自分からは事務連絡的なことしか書いたことがない。スマホを横から覗かれて、「友だち」が企業ばっかりだと笑われたこともある。

twitter のアカウントはひとつだけ持っているが、他人の呟きを読むだけ。アカウントを取った日に「腹へった」と呟いてみて以来、自分から呟いたことがほとんどない。

tiktok は、最初に見たときに踊りが踊れないと投稿できないと思い込んで、自分の参加は諦めた。Instagram に至っては、いまだにほとんど見たことがない。

そんな蹴太に「一緒に YouTube を始めないか?」という誘いが来た。声をかけてきたのは佐倉駿と朝倉詩織。

2人とも大学の同級生で、詩織とは幼馴染だ。家が近かったので、一緒によく遊んだ(と言うか、両方の親によって一緒に遊ばされた)。彼女は中高と女子校に行ったが大学で再会した。

佐倉とは高校で2年間同じクラスだったが、特に親しかったわけでもなく、あまり喋ったこともなかった。

「なんで僕?」と訊くと、佐倉は「だって、お前、コンピュータとか詳しいじゃん」とありがちなことを言う。確かに蹴太は高校ではコンピュータ研究部に所属していたが、それはプログラミングを学ぶ場であって、映像編集などにはまるで知識がない。コンピュータに詳しかったらなんでもできるわけではないのだ。

蹴太が尻込みしたのはそれだけではない。詩織と佐倉と自分、女が1人と男が2人。これは三角関係の構図だ。そう思うと理由もなく、自分が詩織にこっぴどくフラれるさまが瞬時に脳裏に浮かんだ。あるいは、キスしている2人を見てショックを受ける自分、とか…。

それで逡巡したのだ。

蹴太は前から詩織が好きだったのかと言われると、自分でもよく分からない。でも、高校で佐倉と一緒のクラスになったとき、サクラという名前を聞いて即座に朝倉詩織のことを思い出したし、大学に入ったら佐倉だけではなく詩織も同じクラスと知って狼狽したのも事実だ。

佐倉はそれほどイケメンではないかもしれないが、背が高くてスタイルもよく、彼なりにファッションにこだわりもあり、まあ、ひと言で言うとそこそこカッコいい。蹴太は、背は人並みだがちょっと小太りだ。度のきついメガネもかけている。朝倉詩織にフラれるのは自分に決まってるって、どうしても発想がそっちに行ってしまう。

特に大学で再会してからは詩織とはなんかあんまりフツーに喋れない。緊張すると言うか…。

それでも蹴太はチームに入った。入ってみると3人だけではなかった。映像編集に長けた田中佳乃という、無口で背の高い女子がいた。彼女はいつもスニーカーを履いていたが、ヒールを履かれると自分より背が高くなってしまうな、と蹴太は思った。結局撮影と映像編集全般は彼女が担当し、蹴太は運営管理みたいな役割になった。

コンテンツの演者は詩織と佐倉だった。アカウント名はアサクラサクラ。どこでそんなことを思いついたのか、詩織と佐倉がコント風の短いトークをして、その後突然踊り出すという変なものだったが、2人ともダンスサークルに入っていたくらいなので、ダンスは悪くなかった。

でも、この動画が回り始めたのは蹴太による「オマケ」が付いてからだった。

3回目の収録終わりにカメラを向けられて、佐倉に「師匠、ご感想を」と振られて、予期していなかったのでしどろもどろになりながらトンチンカンな答えをしたら、詩織も佐倉も「そのスットンキョウがステキ」と大笑いして、それを動画の最後に入れてしまった。

蹴太は何度そういうことをやられても慣れずに、噛んだり詰まったりアサッテの答えをしたりが続き、それが面白いとまた上げられて、しかし、それがそこそこ受けた(あくまでそこそこだけど)。映像終わりは毎回蹴太のドアップだ。

どうやら2人は最初から蹴太を演者にすると面白いかもという狙いもあって、声をかけたらしかった。

蹴太は笑われるのは恥ずかしかったが、田中佳乃から撮影と編集の仕方も教わっているうちに楽しくなってきて、やめようとは思わなかった。それどころか、いつの間にか田中佳乃が好きになってしまっている自分に不意に気づいた。

そんなある日、蹴太は本当に学食の裏でキスしている詩織と朝倉を目撃してしまった。でも、蹴太はショックも受けていないしうなだれてもいない自分に気づいてもう一度驚いた。そんな自分に、なんだか不思議に友だちっていいなという思いが湧いてくる。

もう大丈夫だ。蹴太は思った。じゃあ自分は田中佳乃を映画にでも誘ってみようか、明日にでも。直接言うのは照れくさいから LINE で。蹴太は暫くキスしている佐倉と詩織を眺めていたが、ゆっくりと2人の前に進み出て微笑みながら大きな声で言った。

「はい、カット」

#2000字のドラマ 応募作品。スペース込み 1990字)

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