『草の響き』 #映画感想文
映画『草の響き』を観てきた。作家・佐藤泰志の5本目の映画化。
最初の『海炭市叙景』は観ていないが、『そこのみにて光輝く』『オーバー・フェンス』『きみの鳥は歌える』の3本は観てきた。いずれも素晴らしい映画だった。そして、この作品も上記のどれにも劣らない、極めて完成度の高い作品だった。
そういうわけで舞台は当然函館であるが、原作では神戸だったそうだ。
冒頭、若者がスケートボードで函館の街を走る。それを移動撮影のワンカットで延々と追って行く。美しいシーンだ。そしてそれはそのまま、観客にとっては、その後に出て来る主人公・和雄が土手を走るシーンと重なって来る。
それにしてもスケボーがあまりに巧い。これは撮影のために練習したというレベルではないと思ったのだが、やはりスケボークルーに所属している Kaya という俳優だった。
映画では最初2つのグループによる別々の物語が語られる。ひとつは和雄(東出昌大)と純子(奈緒)の夫婦と和雄の高校時代からの親友・研二(大東駿介)。もうひとつは高校生の彰(Kaya)と遊び友だちの弘斗(林裕太)と弘斗の姉・恵美(三根有葵)。
和雄と彰に似た雰囲気があって、彰のシーンは和雄が若かった時の回想シーンではないかと思ったりもしたのだが、途中で名前が違うことに気づいた。だが、明らかに2人のイメージは重ねられている。
そもそも原作では和雄と研二がプールで出会ったエピソードが、ここでは彰と弘斗の出会いに変えられている。だから、原作を読んでいる者(僕は読んでいない)にはなおさら脚本家の意図が見えただろう。原作では彰はスケートボーダーではなく暴走族で、その人物像はあまり描かれていないらしい。
そして、映画では土手を走る和雄が公園(と言うか何もない広場だ)の横に差し掛かった時に、手前に和雄、奥にはバイクとスケボーで走る彰らの姿を平行に捉えた移動撮影になる。これも美しいシーンだ。
和雄のストーリーの冒頭は病院の精神科。和雄が医師・宇野(室井滋)の診断を受けている。自律神経失調症で、運動療法を勧められる。それで和雄は休職して毎日走っているわけである。そもそもは東京の出版社で働いていたが、精神を病んで、妻と愛犬ニコを連れて函館に来たのだ。
その和雄に、必要以上に距離を詰めることもなく、しかし、優しく見守って甲斐甲斐しく働いている妻・純子。そして、和雄を明るく励ます研二。純子がいくら言っても病院に行かなかった和雄が、ある日パニックになりながら研二に病院に連れて行ってくれと頼んだのだ。
純子は研二に言う「狂ったように走ってるのよ」。和雄は「狂わないように走ってるんだよ」と言い残して、玄関を出て走りに行く。
和雄は走っている途中で彰たちに出会い、やがて彰と弘斗が少しの距離並走するようになり、純子は犬の散歩中に犬好きの恵美に声をかけられる。そんな風にうっすら関わり合いながら、この2つの“三角関係”がうっすら重なり合う構成が実に見事である。
監督は斎藤久志。名匠を輩出している大阪芸大出身の人らしいが、僕は今まで観たこともないし、名前も記憶になかった。そして、脚本を書いたのは彼の妻の加瀬仁美である。
パンフを読んで、映画が原作をどのようにアレンジしたかを知ると、この脚本の秀逸さがさらにはっきりと分かる。
みんながあまり幸せとは言えない。それほど強欲なことは考えていないのだけれど、ささやかな幸せにも届かない。精神を病んだどこかの知らない人の話だと突き放すことはできない。僕らと彼らは紙一重なのだと思う。
終盤で和雄と純子が病院の一角で話すシーンがある。純子が「私と結婚したくなかった?」「子供なんかほしくなかった?」と問うシーンである。
それまで会話のシーンではやや引いた画が多かったのが、ここで突然純子のクロースアップになる。しかも、結構長いカットである。そして、和雄の台詞で切り返して今度は和雄のクロースアップ、そしてまた切り返す。──これも圧巻の構図だった。
僕は佐藤泰志にも惹かれたのは確かだが、奈緒を観たいというのが最大の動機だった。やっぱり超絶素敵な女優である。やるせないなあ。
そして、愛犬ニコがめちゃくちゃ“良い芝居”をしている。今年の助演犬優賞はニコで決まりだろう(笑)
ただ走っているだけの画も多かったのだが、それも含めて石井勲のカメラワークが素晴らしく、心に染みた。
満たされない、行き詰まった、暗い話であるが、それは僕らの心に通じるものなのだ。
仰天の名作に出会った。
(この映画評は 昨年11月に自分のブログに掲載したものを、今回のお題募集に応じて少しだけ筆を入れたものです)
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