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好きな言葉──我々の異性は女性です

先日、嫌いな言葉について書きました ↓

ので、今回は好きな言葉について書きます。

僕が、恐らく中学時代だったと思うのですが、思春期に出会っていたく感動した表現──それは「我々の異性は女性です」でした。

おぼろげな記憶で書いているので間違っているかもしれませんが、多分1970年代初頭の資生堂の男性化粧品ブランド「ブラバス」の CMコピーでした。(追記註:ブラバスだと思い込んでいたのですが、調べてみるとどうやら資生堂は資生堂でもブラバスではなく MG5 のコピーだったようです)

「それのどこが?」と思われるかもしれません。でも僕は、男性観/女性観を語りながら、具体的には一切何も押しつけてこない主張のすがすがしさに魅了されたのでした。

あの時代の男子たるもの、父親たるものは皆そうだったのかもしれませんが、僕の父親は何かにつけて男だったらどうだとかこうだとか言って、自分が勝手に思っている「男らしさ」を息子に押しつけてきました。

そして、子どもたちが少しでも自分の意に沿わないことをやろうとすると、「誰が今日まで飯食わしたったと思てんねん!」と怒鳴り散らして黙らせようとしました。

今ならまさにトキシック・マスキュリニティ(Toxic Masculinity =有害な男らしさ)と言うべき存在です。

幼い僕が泣いていたりすると「泣くな!男やろ!? 男が泣いてええのは親が死んだときだけや!」とか、僕が弱腰な態度を取ると「何しとんねん!金玉ついてんねやろ!」などと激しく怒りました。

僕が中学に入学して卓球部に入ろうかと思っていたら、「ピンポンなんか女のやるもんや」と言われ、僕が大学の文学部を受験したいと言うと、「文学なんか女のやるもんや」と言われました。悲しいかな、当時の僕はそのいずれの言葉にも逆らうことができませんでした。

僕はそういう「男らしさ」に強い抵抗を感じながら、しかし、それを正面から突っぱねる自信も強さもなく、悩み苦しみながら生きてきました。
そして、そんな中でこの表現に出会ったのです。

このフレーズは元々 CMのヘッド・コピーですから、当然そこには男性化粧品を買わせるための含意、例えば「女性の目を意識して(女の子にもてるように)男性も化粧品を使おうよ」というようなニュアンスがあります(「えっ、男が化粧品?」というような時代でしたからね)。

でも、決してそれを明示的に言ったりはしていません──そこに僕は強く惹きつけられたのです。

この コピーは、暗に「自分たちは男性である」と言っています。しかし、だからと言って、「男だからどうあれ」とか「女だったらこうしろ」みたいなことは一切言っていないのです。

それはこの CM を観た視聴者一人ひとりに委ねられているのです。

この CM を観た一人ひとりが、「男だったら/女だったら/女に対しては/男に対しては/男の側としては/女の側としては──一体どのように振る舞うべきなのか」みたいなことを自分で考えて行けるのです。

そこにあるのは、我々の異性は女性なんだから──「対立せずにもっと仲良くやって行こう」なのか、「もっと積極的に女性にアピールしよう」なのか、「大事にすべき対象は女性なんだ」なのか、「女性にとっても我々は大切な存在なんだ」なのか、「自分の男性性についてもっと考えてみよう」なのか、あるいはもっとあからさまに「女にもてなきゃ意味がない」なのか──何だか分かりませんが、言われた僕らは自分で考えるしかないのです。

そして、具体的に何も言っていないからこそ、因習や伝統に縛られずに、それぞれが自由に解釈できるのです。

何も言わないのに考えさせる、その爽やかさに、その自由さに僕は打ちのめされました。

この CMコピーは僕にとって、旧い価値観の呪縛を逃れて、男性性/女性性とは何かを新たに考え直すきっかけとなりました。

今の時代だとこの「異性」というコピーは画一的で、少しひっかかるのかもしれません。でも、例えばトランスジェンダーの人が、「異性」を「性的な対象」と読み替えて、「我々の異性は男性です」と言っても構わないんじゃないかという気もします。

いや、そういう書き方だと、僕はシスのヘテロセクシャルなのでよく分からずに少し傷つけてしまったかもしれません。もしそうだったらごめんなさい。

ただ、僕は決してこの昭和の表現を今の社会に甦らせようなんて考えているわけではなくて、あの時代に、あんな時代にこのコピーがあって僕は救われたということを伝えたいのです。

たかが CMコピーであり、作った人はひょっとしたらそんな大層なことは全く考えておらず、ただただ商品を売ることだけに徹したのかもしれません。

でも、そのコピーの受け取り手の僕は、深読みかもしれませんが、その表現に救われた気になったのです。

そういう表現に出会ったことを僕はとても幸運に思っています。そして、もし他の誰かにも他の似たような経験があったら良いなあと思っています。そういう経験って、生きていく中でとても大切なことだと思います。

僕はそれ以来ずっと、そのコピーを頭の中で唱えながら、自分を考え、そして、女性に接してきました。

何と言っても僕の異性は女性なのだから。

この文章は実は、スカパーが募集した「みんなが心を動かした、台詞や歌詞などの”ことば”」に応募して書いたのが最初でした。

この記事 ↓ で最初に紹介されているのが僕が投稿したものです。

少し舌足らずの感があったので、かなり書き足して今回の記事にしました。



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