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丁寧な暮らしについて考えてみた

今回は「丁寧な暮らし」について考えてみました。

無印のTシャツが教えてくれたこと

私は、いつも勢い任せな性格で、安物好き、どちらかというと雑な人生を選んできました。雑貨やコーヒー、インテリアなど、そういった類の趣味は持ち合わせているものの、いわゆる「丁寧」とは無縁の生活を送ってきました。

夏になるので新しいTシャツを買おうと、なるべく安くコスパが高いものを探していて、この記事は目に入っていたのですが、その時は心に刺さることなく「ふーん」くらいに感じでいました。

普段、着ているのは700円くらいの薄い生地のシャツなので、もっとコスパの良いシャツはないかと思っていたくらいなのですが・・・

実際に店舗に行って、手にとってみたところ、手触りといい風合いといい、なんとも言えない「しっくり」感。このシャツを導かれるように購入している自分がいました。

たった1枚の白いTシャツが、私の価値観をグラグラと揺るがしたのです。

いままでは、価格と品質は最大公約数であるというような価値観でしたが、このシャツは『あなたはそれで良かったのか』と問いかけます。

自分が心地いい状態

本当は心地よいものを身に付けたかったんだ。

そう思い始めると、自分が心地よい状態とはどんな状態か、服だけではなく、食べ物や身の回りのモノについて自問自答するようになりました。

「丁寧な暮らし」で調べてみると、意外にもアンチの声が多いことにも気付きました。大まかに代弁すると、誰かが作ったスタイルを真似するだけでは意味がない、誰かに見せるための「丁寧さ」はあざとい、といった感じでしょうか。

端から見ると、そう感じられることもあるでしょう。ヴィーガンだってイクメンだって、内容は違えど同じようなアンチの論調があるように思われます。

ただ、私が感じているのは「丁寧さ」とは単純にオーガニック至上主義だとかそういうことではありません。

自分が心地いいことにこだわること。それについては妥協しないこと。

人それぞれの丁寧さがある

人によって「かっこいい」でも良いし、「かわいい」でも良いわけです。和風だろうが、洋風だろうが、北欧風だろうが、自分の琴線に触れるものを取り入れて、自分を心地いい状態に保つことが「丁寧」の意図するところなのだと思うのです。

美学を持って暮らすこと。自分の感性に正直に真っ直ぐに生きること。
そういう丁寧さを意識して過ごしてみたいと思います。

みなさんの「丁寧さ」とは、どんなものですか?

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